カサゴ館


 カサゴ館の構造は、真ん中のホールに階段がある三階建ての横長の建物だ。二階と三階にはホテルのように客室がいくつも並んでいるが、それはカサゴ館の西側のみである。


 東側には一階から二階まで入鹿島資料館と名付けられた空間が作られており、三階は吹き抜けとなっていて、三階の西側の廊下から入鹿島資料館を見下ろすことができるらしい。と言っても三階の廊下には、これ以上は進めませんと言うように、吹き抜けに至る直前に鉄の柵が設置されている。


「入鹿島資料館にはもう行ったんですか?」

「一応行ったよ? でも、じっくりは見てないかな。ウチ、資料館とかそこまで気にならないからさ~」


 俺たちよりも先にカサゴ館に来ているからと言って、カサゴ館を隅々まで調べているというわけではないらしい。


「果林ちゃんも謎解きゲームとか好きなの?」

「頭はよくないけどねぇ」


 果林さんはとりあえず、俺たちを吹き抜けを上から見ることができる三階の廊下へ案内してから、階段へとまた戻っていった。三階から一階の東にある入鹿島資料館に行くには、一度、一階に降りて東に向かうという遠回りをしなくてはいけないようだ。


 まだ謎解きゲームの詳細を主催者達から聞いていないが、それは果林さんも同じようで、彼女は「後で話してくれるんじゃないの?」とあっけらかんとしていた。

 そんな彼女に対して、己龍が「もしかして、いきなり、殺し合いを始めてくださいとか言われるんじゃねぇの?」と馬鹿馬鹿しいことを言い出した。


「そんなわけないだろ。俺たちは謎解きゲームをしに来たんだから」

「己龍くん、映画の見すぎ~。よくあるデスゲームじゃん、それ。いまさら、流行らないよ」


 俺と果林さんの二人に否定されても、己龍はどこ吹く風だ。


「そういえば、果林ちゃんさー。甘水果林って本名?」

「んー? ペンネーム! ああ、いや、配信者名って言った方がいいよね。本名はダサいから絶対に教えてあげない!」

「配信者? 動画投稿サイトとかの?」

「そうそう。商品のオススメとか、遊園地に行ってみたとか、色々やってるんだよ。ゲームとかもよくやるんだけど、謎解きはそこまで得意じゃないから視聴者とか、配信でコラボしてくれた人に教えてもらいながら、やっとって感じ」


 配信者を名乗る人物が動画投稿サイトに投稿している動画をいくつか俺も見たことがある。普段、そのような動画をあまり見ないため、果林さんの名は知らないが、彼女のように溌剌とした人間がたいてい配信者を名乗ってやっているのであろうとは想像できる。


「果林チャンネルで調べれば……って、今、スマホなかったんだよね。それじゃあ、帰りのフェリーの中で教えてあげるからさ!」

「分かりました」

「ちゃんとチェックしておく!」


 きっと、このような話は俺よりも己龍の方が分かるだろう。もしかしたら、己龍は果林のことを動画投稿サイトで見かけたことがあるかもしれないと思ったが、果林と出会った時点で言わなかったことからして、己龍もきっと彼女のことは知らなかったのだろう。


「ところで二人は何をしてる人なの?」

「普通の会社員です」


 己龍が何か余計なことを言う前に俺は口を開いた。探偵が「自分は探偵をやっている!」と大声で流布するのもいかがなものか。

 探偵の職業は本来、事件を解決するものではなく、多くは人探しや身辺調査などだ。


 だから、俺のような平凡で平均的な、歩いていても気にも留められないような奴がお似合いなのだ。

 決して、金髪碧眼、高身長イケメンのロボットにお似合いの仕事ではない。何故、いつも俺ではなく、こいつが幽霊探偵だと初対面の人間に錯覚されてしまうのか。

 腹立たしくはない。己龍を矢面に立たせることによって、俺へと向けられる意識は減る。その方が仕事を完遂しやすい。


 しかし、鬱陶しいものは鬱陶しい。


「あー、そうだな」


 会社員という発言に何か思いつつも己龍は俺を横目で見ながら頷いた。


「果林ちゃんと違って、俺たちはぱっとしないただのサラリーマンっていうわけ。話して面白い仕事でもないしな」


 自分で面白い仕事でもないと言うのはいいが、他人にそう言われるのは癪に障る。

 しかし、ここは黙っておこう。反論することにメリットはない。


「へぇ~、偉いと思うよ、サラリーマン。仕事って誰かがやらなきゃ、世の中回っていかないじゃん」


 果林さんは至極真っ当なことを言って、廊下の先へとずんずん進んでいく。


 果林さんはいい人かもしれない。

 初対面で話してから、彼女について悪い印象は一つもない。謎解きゲームは決まった人数でチームを組まされる時以外、他人と話すことはないが、こんな風に初めて会った人と話すのもたまにはいいかもしれない。

 果林さんと一緒に謎解きもできるだろうか。


「あ、魚澤さんじゃーん」


 二階の踊り場で出会った高身長の黒縁眼鏡をかけた短髪の男性がぺこりと頭を下げて、微笑んだ。己龍よりも背が高い。きっと百八十後半ぐらいだろう。


「ああ、甘水さん、そちらは到着した柳川さんと芥さんですね。入鹿島へようこそ」


 手を差し出された己龍が目を丸くしながら握手を返した。続いて、魚澤さんは俺に手を出してきたので、俺は軽く握手を返した。


「この後、七時から食事と共に謎解きゲームの説明をしますので」

「分かりました」


 夕食の時にまだ会っていない他の参加者の顔を全員見ることができそうだ。


「魚澤さんもカサゴ館に泊まってるんですよね」

「ええ、私は二階の部屋に泊まってます。琉斗さんと己龍さんも二階ですよね?」

「はい、そうです」


 俺が魚澤さんと話している間に己龍と果林さんは、果林さんが投稿している動画の話をしていた。どれぐらい再生数があるのか、どの動画から見たらいいのか。スマホを返された時に忘れていなければ、己龍は必ず果林さんの動画をチェックするだろう。


「何かあったら、プロデューサーの私か、案内をしてくれた姫子さんに相談してください」

「分かりました」


 それでは、と魚澤さんは俺の横を通り過ぎて、二階の廊下へと消えて行った。


「魚って漢字があるから、入鹿島にぴったりだよな」

「そうだな」


 入鹿島はイルカだし、館の名前にはカサゴ、謎解きゲームのプロデューサーの名前には魚がついている。

 偶然なんだろうが。

 玄関ホールに出て、食堂のある廊下とは反対側の扉を開けて、伸びている廊下を進む。


「そういえば、ウチが最初に入鹿島資料館に行った時はノゾコちゃんが先にいたかなぁ」


 食堂で本を読んでいたノゾコさんを思い出す。


 彼女はたぶん、謎解きが好きでこのゲームに参加しているんだろう。それならば、入鹿島資料館をゲーム開始よりも前に確認するのは当然かもしれない。


 俺たちがしないようにと釘をさされたのは、都市伝説について事前にネットなどで調査することだ。

 この入鹿島での調査に制限はされないだろう。俺たちはもうすでにスマホも没収されていて、都市伝説について調べることもできない。


 入鹿島資料館にはいったいどんな資料があるのだろうか。

 この島の都市伝説についての資料があるのは確実だろう。いったいどんなストーリーがこの謎解きゲームにはあるのか。


「ウチ、ノゾコちゃんが真剣に資料館の鍵を見てた時に話しかけたら、めちゃくちゃびっくりしてさ~。腰抜かしてんの。だからたぶん、全然話してくれないと思うんだよね~」


 集中していた時に後ろからいきなり話しかけられて、腰を抜かしてしまうという醜態を晒してしまった相手と仲良くできるかは怪しい。相手がいくらまともで優しい人間でも、恥ずかしさの方が勝ってしまうだろう。


 己龍はおかしそうにけらけらと笑った。


「ノゾコちゃん、面白いな! 恥ずかしいから果林ちゃんにあんな態度をとってたのか!」


 俺も思わず笑ってしまう。いや、笑ってはいけないのだろうが、笑えてくる。もし、いきなり声をかけられたら、俺でもびっくりして固まるぐらいはするだろうが、腰を抜かすとはさすがに果林さんも思わなかっただろう。

 それ以上はノゾコさんについては話さなかったが、果林さんが今まで動画で投稿されたドッキリ企画について話しているとすぐに入鹿島資料館に辿り着いた。


 三階までの吹き抜け。三階より高い位置の天井には白い魚の腹のようなバルーンが浮いていた。いや、もしかしたら、模型かもしれない。高い場所にあるから、細かいことは分からない。

 三階から入鹿島資料館を見た時は、吹き抜けだな、と下を見てばかりいたから、上のバルーンの存在には気づかなかった。


「クジラ? それとも魚?」

「入鹿島だからイルカなんじゃないか?」


 色は白のみ。下から見た形以外に天井の存在を断定する材料はない。ただ、ここは入鹿島であり、俺たちがいるのは入鹿島資料館だ。天井に設置するバルーンの形としてはイルカが最適だ。


 天井は三階にあるのみだったが、資料館の円形の床から壁沿いに二階部分が作られていた。細い階段から資料館の二階を見上げると、本棚と椅子とテーブルという簡素なスペースがあった。


「ここ、ここ! ウチがノゾコちゃんに話しかけた時に、ノゾコちゃんが見てた鍵!」


 己龍と俺がそれぞれ別の場所を見ようと行動していると果林さんが先に離れようとしている俺たちの手を掴んで、とあるケースの前へと連れてきた。


 美術館などでブレスレットなどを飾るような四角のガラスのケースの中に設置された白いクッション、その上に黒い鍵がのせられていた。今時よく見る銀色の鍵とは違い、太い芯と大きな鍵の先。この島で昔使われていたのだと言われても納得できる代物だった。


「なぁなぁ、琉斗、これ」


 ガラスケースの鍵が飾られている部分の土台は黒かった。そのケースを横側から見ていた己龍が声をあげる。

 彼の傍に寄ると、ガラスケースの左側面に一から九の数字が書かれたボタンと「OK」と書かれたボタンがあった。


「……数字を入れて、開けるんだろうな」


 数字を入力したとしても、表示される画面はない。

 このナンバーロックは、謎解きに使うかもしれない。きっとノゾコさんもそう思って、真剣に見ていた時に声をかけられたのだろう。

 それなら、この鍵を俺たち参加者が使う可能性もあるというのだろうか。


「かっこいい鍵だよなぁ。持ち手とか、黒いところとか」

「己龍くん、かっこいいのに憧れるタイプ? 分かる分かる。ウチもこういう鍵、一回使ってみたいもん」


 もし、この鍵やナンバーロックが謎解きに関係なかったとしたら、触るのはご法度だろう。説明がされるまで近づくのはよそう。


 それにこの入鹿島資料館にはまだ確認していない場所がいくつもある。


 壁に貼られた茶色の地図。描かれているマナティーのような形の島は、俺たちがいる入鹿島だろう。


 横に長いケースの入った長い巻物。色褪せていて、端が少し崩れていて、直に触ったら崩れそうだ。


 緑と青の色合いが多い入鹿島のパノラマが入ったケース。


 そして、一際大きなガラスのケースの中に入った人魚の模型。


 竹のような素材で骨組みだけ作られたそれは上半身が人間の身体、下半身が魚のようになっており、下半身の部分には青色の布がかけられていた。上半身は骨組みのままだ。

 作りかけなのか、これで完成しているのか、どちらなのか。


「琉斗くん、己龍くん、もうそろそろ行こっか! 実はもうお腹ぺこぺこなんだよねぇ~」


 果林さんの言葉に俺と己龍は従うことにして、資料館を後にした。

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