参加者一人目・二人目・三人目


 カサゴ館の二階、階段をあがって右に進んで二つ目のチンアナゴの部屋が俺の部屋。そして、チンアナゴの扉を前にして、左隣のウツボの部屋が己龍の部屋だ。お互い、スーツケースや他の荷物を置いて、スマホと書類を持って、姫子さんに来るように言われた一階の食堂へと向かう。


 カサゴ館の玄関を開けて入るホールの左手側の通路にある食堂にはもうすでに俺と己龍以外に四人も人が集まって、それぞれ離れた席にいた。


 長方形の部屋の真ん中にある長いテーブル。奥の壁にはウォーターサーバーといくつかの種類のお菓子の個包装や紅茶のパックなど。その机の隣には扉が一つあった。

 ウォーターサーバーと反対の位置の壁は一面がガラスになっており、その向こうは水で満たされていて、中を魚が何匹も泳いでいた。

 魚に詳しくはないため、なんの魚が泳いでいるのかは分からない。


 俺と己龍が食堂に入ると、二人ほど顔をあげた。


「あ、最後の参加者さん?」

「そうですわよ、果林かりんさん。柳川さん、芥さん、スマホを没収させていただきますわね」


 食堂のテーブルに置いてあった蓋のない箱を手に取り、姫子さんはそれを俺たちの前に差し出す。その中には、様々な色のスマホが入れられていた。その数は合計七つ。俺と己龍以外の人間のスマホは、プロデューサーや出資者のスマホも没収しているのか、それとも参加者の中に普段からスマホを二台、三台も持ち歩いている人がいるのかは分からないが、スマホをこの箱に入れるのは俺たちが最後だろう。

 俺はコバルトブルーに黒革のカバーの自分のスマホを箱の中にゆっくりと入れた。


「ウチは甘水あまみず果林かりん! 甘い水に果物の林で、甘水果林ね! 二人とも、よろしく~」


 果林さんは、髪の先を淡いピンク色に染めて、ウェーブをかけた黒髪を肩口まで伸ばしている女性だった。箱の中にあるスマホ達の中には、彼女の爪のように作り物の小さなマカロンやチョコチップクッキーなどの小物がつけられたスマホがあった。きっとそのスマホは彼女の持ち物だろう。


「俺は柳川琉斗。植物の柳に、川岸の川に、えっと……なんて言えばいいのか、流れるって漢字の左側を王様の王に変えた字に、北斗七星の斗の部分」

「分かりにくいわ!」


 果林さんは俺の名前の説明を笑い飛ばした。


「俺は芥己龍! 芥川龍之介の芥に、己って漢字にかっこいい漢字の方の龍!」

「わぁ、こっちは覚えやすい! オッケー! 琉斗くんに己龍くんね! 覚えたわ! すぐに忘れるかもしれないけど、その時はまた教えてね~」


 軽いノリの彼女に早速己龍が「何歳~?」と聞いて「しょっぱなに女性に年齢聞くとかタブーなんですけどー」と果林さんは口を尖らせていた。案外、こういう軽い会話をできる相手の方が己龍は話していて楽しいだろう。


 己龍のことだから、自分から謎解きゲームに誘ったくせに途中で飽きたと言い出しかねないと思っていたが、果林さんのような気の合いそうな女性がいるのであれば、飽きたなど言い出さないだろう。


「柳川さんと芥さんはお昼ご飯はもう食べましたよね?」

「ええ、食べました」


 姫子さんの言葉に俺は頷いた。


 健康診断をしてから入鹿島へと行くという予定だったため、朝食は抜いておいて、健康診断が終わった後に持参していたおにぎりを食べた。己龍は食べ物を食べなくても平気なはずだが、なぜか、俺が持参していた五つのおにぎりの中から、焼き鮭の入ったおにぎりを横から掠めて食っていた。


「それなら、よかったです。夕食のお弁当は七時になったら、ここで配りますから、時間になったら食堂へ来てくださいな」


 俺は右手首の腕時計へと視線を落とした。

 今の時刻は午後五時。夕食の時間まであと二時間もあるが、どうしようかと悩んでいると果林さんが席から立ち上がった。


「二人とも来たばっかでしょ! ウチがこのカサゴ館について、手取り足取り教えてあげる!」

「なに言ってんの。果林ちゃんも参加者で初めて入鹿島に来たくせに~」

「己龍くんよりも数時間前からこの島にいるんだから、安心してウチに案内されてなさい!」


 果林さんのお言葉に甘えることにして、俺と己龍は彼女の後について行くことにした。ノリの軽い、いわゆるギャルっぽい女性だが、着ているものはギャルっぽくない。スカートやふりふりとした衣装の服ではなく、青いジーパンに英語の文字列が並んでいる柄のシャツ、そして、長袖のジャケットを羽織っている。足元は履きなれていそうな、紐の先が少し汚れているピンクのスニーカーがあった。

 島を使った謎解きということで歩くことはきちんと意識しているみたいだ。


 それでも、ウェーブがかった髪やごてごての爪など、オシャレを犠牲にしていないところはさすがと言えるだろう。


「まず、この食堂にいる他の参加者ね!」


 果林さんは食堂の長いテーブルの端の席に座っている丸眼鏡の黒髪ショートの女性に人差し指を向けようとして、指を引っ込めたと思うと、次はその女性に手の平を向けて、指し示した。

 人を指さしてはいけませんという注意でも思い出したのだろう。


 果林さんに示された女性は黒のジーンズに軽い素材でできている青のポロシャツを着ていた。


「あの子の名前は北原きたはらノゾコちゃん! 北の原っぱに、ノゾコはカタカナ。謎解きが大好きでここに来たみたいなんだけど、話はあんまり好きじゃない感じ!」

「好きじゃなくて、貴方の話が早いからついていけないだけだけど」


 手元の文庫本に視線を落としたまま、ノゾコさんがつっけんどんに答えると「ちょっとノゾコちゃんはシャイなんだよね」と果林さんは肩を竦めた。


 俺だって、果林さんから誘われなければ、勝手に一人でカサゴ館の中を探索したり、ノゾコさんのように文庫本を読んでいたのだろう。要するに果林さんみたいに自分から人に話しかけることができる人間はすごい。ノゾコさんはあまり、果林さんとは合わないみたいだが。


「そして、そこで突っ伏してるのは杉白源太くん。杉の木に、色の白に、源氏の源に、太郎の太」


 食堂に入ってからずっと気になっていたが、食堂の長いテーブルの真ん中の席で腕を枕にして動かない男がいる。歳は俺や己龍と同じくらいだろう。

 彼は俺たちに話題にされているにも関わらず、ぴくりとも動かない。どうやら、本当に寝ているようだ。


「源太さんは船酔いして、さっき薬を飲んで寝てしまいましたわ。お二人は船酔いは大丈夫でしたか?」

「大丈夫でした」

「俺も」


 俺は車や船で酔ったことはないし、己龍はそもそもロボットだから酔わない。姫子さんは立ち上がるとスマホの入った箱を持ち上げた。


「体調が悪かったら、言ってくださいね。お薬なら常備しているので……。それに、今は船酔いでダウンしていますけど、源太さんは医学生らしいので、彼に頼るのもいいかもしれませんわ」


 船酔いでダウンしている医学生に頼る人間は、あまりいないだろう。薬があるのなら、姫子さんやまだ姿を見ていない魚澤康一さんなどのゲームの主催側の人間を頼る。


「ここにいる人の紹介はもう終わったから、他のとこ行こ!」

「他の参加者がどこにいるのか、分かるの?」

「そんなの分からないよ~、適当に歩いてれば、いつか出会えるっしょ」


 己龍と果林さんはさっさと食堂から出て行ってしまい、俺はそれを追いかけた。食堂の扉を閉める際、姫子さんがスマホを入れた箱を手に持って、食堂の奥へ行くのが見えた。

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