入鹿島


 俺が知っているのはこの入鹿島で謎解きゲームがあるということと、都市伝説にちなんだ謎解きが用意されているということだけだ。


 他の参加者は何人いるのかは知らない。滞在する期間は、長くて五日間と書かれていた。船頭の男性は「五日後に人魚に足を盗まれてなきゃ、また会えるぞ」と島には降りず、フェリーにすぐに顔を引っ込めていた。客を怖がらせて大丈夫なのだろうか。


「ようこそ、入鹿島へ。今回の入鹿島謎解きゲーム企画に出資させていただいた篠崎しのざき姫子ひめこですわ」


 フェリーからスーツケースを持って降りて、周りを見回しているとコンクリートで固められた船着き場に肩甲骨まで伸びた金髪の先をカールさせた女性がやってきた。ビスクドールさながらの小顔で金髪の女性だ。己龍と彼女が横に並んだら、絵になるんじゃないだろうか。


 軽くお辞儀をする彼女に俺と己龍もお辞儀をする。


「参加者の方ですわよね? お名前をお願いします」

「柳川琉斗です」

「芥己龍です」

「これで全員そろいましたわね」


 船頭も言っていたが、今回、謎解きゲームで入鹿島に来る人間は俺たちで最後らしい。


 入鹿島は船着き場のコンクリートの地面の他は緑が広がっていた。六月末のこの暑くも寒くもない湿った空気の中、揺れる緑の中にひっそりと大きな建物が隠れ損ねたように存在している。


「あれが、今回の宿泊施設にもなっているカサゴ館です」

「カサゴ……島の名前といい、水棲生物なんですね」

「名前の候補、他にもあったんですわよ。最終候補がカサゴとアナゴでした」


 何故、その二つが残ったんだ。


「それにしても、こんな島で謎解きゲームなんてよくやろうと思ったよな~」


 己龍はきょろきょろと周りを見回す。周りには緑と船着き場しかない。あとは、カサゴ館への道だけ。


「企画をプロデュースした魚澤うおさわ康一やすひとさんが入鹿島の都市伝説にとても興味があって、私はその企画の話を聞いた時に面白いと思って出資したんですわ」

「姫子さんは都市伝説について知ってんの?」


 己龍の質問に姫子さんはにこりと微笑んだ。


「都市伝説についてはカサゴ館で知ることができると思いますよ。ゲームを進めてれば、自ずと分かりますから、慌てなくてもいいと思いますわ」


 さらりと流されてしまった。どうやら、本当に都市伝説についての知識がなくても大丈夫みたいだ。


「今回の謎解きゲームは、何人参加者がいるんですか?」

「柳川さんと芥さんを入れて、七人ですね。今回はプロデューサーの魚澤さんと出資者の私も見学に来ているので、この入鹿島にいるのは合計九人ですよ」


 あのカサゴ館には合計九人の人間が泊まるのか。三階建ての横長の建物にはもう少し多い人数を泊めることができそうだ。プロデューサーと出資者が見学に来ているということは、この謎解きゲームの企画は、まだ始動したばかりで、企画が上手く行くか確認しに来たというところか。


「長くて五日間、この島にいることになりますが、その間のご飯はお弁当となりますわ」


 料理人などを用意するよりも保存のきく弁当を用意してるのか。近づいて間近で見ると、カサゴ館の外壁には蔦や土などはついておらず、最近建てられた建物だということが分かる。何もない島にも電子レンジくらいはあるだろう。


「九人で孤島に五日間……殺人事件でも起こりそうだな!」

「そういうことを言うな」


 俺がたしなめるも、己龍は俺の肩に手を伸ばして、勝手に肩を組んでくる。


「幽霊探偵の異名を持つ人間がいるんだから、殺人事件なんて起きてもへっちゃらだろ!」


 その言葉にカサゴ館の扉に手を伸ばしてかけていた姫子さんの手がぴたりと止まる。


「探偵? しかも、幽霊探偵って……この前、新聞に載っていた?」

「そうそう」

「お前、余計なこと言うなよ」


 己龍が自分のことのように胸を張るせいで姫子さんが己龍のことをじっと見る。

 これはあれだ。いつも通り、見た目が平凡そのものの俺よりも、金髪碧眼でイケメンと言っても過言ではない己龍の方が幽霊探偵だと思われている。


「有名な幽霊探偵がいるのなら、殺人事件が起きても平気ですわね! でも、安心してくださいな。都市伝説はありますが、この島ではそのような怖いことは起こりませんわ。なにせ、プロデューサーを含め、この島のことを調べていた人達が全員無事だったらしいと話は聞いていますもの」


 姫子は再度微笑むと観音開きのカサゴ館の扉を開けた。


 都市伝説。呪い。噂。


 たいていのものは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」だろう。

 幽霊探偵の名を持つ俺が言うのもなんだが、幽霊なんてものは現実に存在しない。都市伝説は人間に危害を加えない。呪いなんてもので人を殺せない。


 ツタンカーメンの呪いによって、調査隊が次々に亡くなったというのも結局は誇張のオンパレードだ。実際は長生きをしている者もいたし、死者の呪いというものもなかった。きっと、この入鹿島の都市伝説も噂に尾ひれがついてだんだんと大きくなっていっただけのものだろう。


 しかし、ゲームをする上で都市伝説や呪い、心霊現象などはストーリーを面白くする要素となる。今回の謎解きゲームはどのようなストーリーが用意されているのだろう。

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