柳川探偵事務所


 柳川探偵事務所。


 元々は祖父がやっていた探偵事務所を俺が引き継いで、今、働いているのは俺一人という悲しい現状の探偵事務所。父が俺に働いてほしいと思っているのは知っているが、祖父ととても仲がよかったミステリー好きの母が「琉斗がおじいちゃんの探偵事務所を継いでくれたら、お給料毎月これだけあげちゃう」と言ってきて、俺はサラリーマンになるよりも探偵になる道を選んだ。父も自分が勤めている会社の社長でもある母に逆らうことはさすがにできなかった。


「ただいまー」


 己龍が実家に帰ってきたかのようなノリで探偵事務所に入ってくる。ペンギンの姿を模したリュックサックはいつも通り。しかし、その手にはいつもはない封筒があった。


「……おかえり。それ、なんだ?」


 深夜、星乃里研究所に帰って、今日はその翌日の午前だ。研究所で体を直してきたばかりだと思うから、どこかに寄ってきたわけではないだろう。探偵事務所のポストに入っていたのか。


「ああ、これ、琉斗と俺宛の招待状」

「招待状?」


 遺産相続の話し合いの場に招待されて、殺されたのが昨日だ。あの時も招待状が送られてきた。思わず顔を顰める。


「また遺産相続の話し合いの場に来てほしいって手紙じゃないだろうな」

「今度は楽しい楽しいお誘いだと思うけどな」


 己龍が俺のデスクに角形のA4が入る大きさの茶封筒が置かれた。引き出しを開けて、特にこれと言った装飾もないシンプルな木製のペーパーナイフを取り出して、開封する。

 中からはコピー用紙が数枚と、リアル謎解きゲーム、大人一枚と書かれたチケットが一枚。差出人のところには「入鹿島リアル謎解きゲーム企画局」と書かれていた。


「リアル謎解きゲーム?」

「そうそう。二人分、応募しといた。黒川さんから、二人ともこういうの好きだろうって教えてもらってすぐにさ」


 俺は眉間を指で揉んだ。俺はそのリアル謎解きゲームのことを今の今まで知らなかったし、応募してほしいなんて己龍に頼んだ覚えはない。


「どうして、俺の分まで……」

「好きだろ?」

「好きだけれども!」


 母親にお金を出すと言われたのがきっかけだったとはいえ、二つ返事で探偵を始める人間だ。謎解きが嫌いなわけがないだろう。もちろん、休日に開催されているのであれば、謎解きゲームには万全の準備をして参加している。しかし、今まで行ったゲームは全て一人で参加していた。己龍に休みをどう過ごすか言ったことはない。


「なんで、俺がこういうのが好きだって知ってるんだ?」


 リアル謎解きゲーム、大人一枚と書かれたチケットを横に避けて、俺はA4用紙を広げた。二枚ほど自分で書き込む欄があり、あとの三枚は文章などがつらつらと並んでいた。

 この度は入鹿島リアル謎解きゲームの当選、おめでとうございますというありふれた文から始まり、お越しに来る日を楽しみにしていますと締めくくられていた。


「ああ、前にお前がいない時に死んでさ。その時に暇だったから、お前の様子を見てたんだ。その時たまたま謎解きゲームの会場に入ってくところでさ」


 きっとその時、俺は己龍と一緒にいなかったから、こいつの電脳体を見ることができる眼鏡をかけていなかったのだろう。まさか、休日の姿を見られていたとは。


「行くだろ?」

「……当選したんだから行くだろ、普通」


 ため息交じりにそう言うが、己龍はどこ吹く風で楽しそうにしながら、俺の机のペン立てから油性ペンを取り上げると探偵事務所のローテーブルに行き、自分宛の封筒から書類を引っ張り出した。


「健康診断の結果?」


 謎解きゲームに参加するために健康診断の結果が必要になるのか。今まで参加した謎解きゲームで健康診断の結果を求められたことはない。だとしたら、今回の謎解きゲームは、何か特別なことがあるのだろうか。


 説明が書かれた資料に目を通す。


 謎解きゲームの場所は「入鹿島」と呼ばれる孤島。参加者は、入鹿島へ行く前に鳴波漁港の鳴波病院へ行き、健康診断を行う。それから、港でフェリーに乗り、入鹿島へと向かい、入鹿島にて謎解きゲームを開始する。

 二枚に渡って、日程と場所、持ち物などが明記されている。


 もう一枚の文章が書かれた紙には、謎解きゲームの概要などが書かれていた。入鹿島には都市伝説が囁かれている島で、今回の謎解きゲームはその都市伝説をモチーフとした体感型の謎解きゲームらしい。


 あらすじはこうだ。


『その島へ行った者は帰ってこない。入鹿島で死んだ人間の魂は、島から出ることも叶わず、永遠と彷徨い続けることになるだろう。謎が解けなければ、あなたもこの島の餌食になる。』


 あらすじまで読んでなおさら興味を惹かれる自分がいる。これでは己龍の思う壺だ。

 ふと、顔をあげると己龍はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて俺のことを見ていた。


「孤島でやる謎解きゲームなんて新鮮だろ?」

「……面白そうだな」


 観念して、そう言ってやると満足したようで、己龍は手元の用紙にペンで何やら記入し始める。


 健康診断の欄には自分で記入するところもあり、俺も名前や年齢、住所などを記入した。孤島での謎解きで、数日間本島から離れるからこのようなものを記入するのだろうか。何かあった時のために必要なのだろう。


 もう一枚、書き込み欄がある紙には緊急連絡先や自分の個人情報を書き込む欄がある。これも何かあった時に使うのだろう。


 まぁ、使わないのが一番いいのだが。


 ふと、謎解きゲームのあらすじなどが載っている紙の端に、注意事項と前置きされた文を見つけた。


「入鹿島の都市伝説に関して、予め調べたりなどしないようにお願いします。都市伝説に関しては、島内でも調べることができます……?」

「ちなみに俺は調べてないぜ」


 そもそもお前は調べ物が苦手だろう。

 入鹿島の都市伝説については、俺もこの紙を見て、初めて知ったぐらいだ。少しだけ調べたくなったが、調べない方がいいと主催から直々に言われているのであれば、調べない方が面白いに違いない。


「スマホが没収っていうのはきついかもな~。俺、ゲームたくさんやってるし」

「謎解きをしているのにネットで答えを調べたりするのはナンセンスだろ」

「それもそっか」


 俺はスケジュール帳を開いて、入鹿島の謎解きゲームをする日を確認して、思わず眉間に皺を寄せた。記入できるところはし終わった己龍は呑気にその長い脚を組んで、持参してきた少年雑誌に掲載されている漫画を読み始めていた。


「お前、この日にち、研究所に行く日じゃないか」


 この日は、俺が星乃里研究所に己龍と一緒に呼び出されている日だ。メンテナンスとか、己龍が研究所に依頼して探していもらっている事件の資料が集まるからその調査のためとか、いくつもの用事を黒川さんに頼まれているため、数日間、俺は予定を開けていたのだ。


「ああ、それなら大丈夫だぜ? 黒川さんには謎解きゲームを優先していいって言われてるからよ」


 俺は思わず、人差し指と親指で眉間を揉んだ。

 きっと己龍は黒川さんに駄々をこねたのだろう。行きたい行きたいと駄々をこねるこいつに根負けして、今回の星乃里研究所へと向かう仕事はなしになったのだ。

 きっと、しわ寄せはまた今度来るだろう。


「本当か? 黒川さんに確認するぞ?」

「ああ、確認してくれて構わない。俺は嘘つかねぇし」


 信用できない。嘘をつかないのは分かっているが、黒川さんは渋々許可を出してくれた可能性もある。本当は仕事を優先してほしいと言われれば、俺はこの謎解きゲームを諦めるしかない。

 俺は痛む頭を抑えながら、黒川さんへと電話をかけた。


 五分後、驚きを隠せないまま、丸くした目を己龍に向けると、彼はしてやったりという顔をしていた。


「な? ちゃんと大丈夫って言われただろ?」

「渋々でもなかったな」

「むしろ、黒川さんが先に予定が入ったって言ってたから、ちょうどよかったんだろ?」

「そういうことか」


 それなら、俺も気兼ねせずに謎解きゲームを楽しめる。

 仕事も気にしなくていいとなれば、やることは一つ。

 仕事のことを忘れて、数日間、謎解きゲームを思いっきり楽しんでやる。

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