第15話・憧れの
警視庁本部庁舎、四階。その一角に捜査二課の部屋はある。今日の二課は、比較的穏やかな朝を迎えていた。
俺は自分のデスクに突っ伏しながら、大きく欠伸をして目頭を押さえる。
「クソ……アイツのせいで完全に寝不足だ」
昨日……というか今朝まで白鳥とふざけていたせいで、ほとんど眠れなかった。
俺は今ひどい頭痛と睡魔に襲われ、アイツを家に入れたことを絶賛後悔中である。
起きたとき白鳥は、ぐるぐる巻きのまま床に転がって熟睡していたが、さすがにそのまま放置すれば身動きが取れず帰ってもらえないので、拘束だけは解いてきた。
それから食事も。またキッチンを荒らされたらたまったもんじゃないからな。
「ちゃんと出ていっただろうか……」
時計を見上げ、独りごちる。
鍵はポストに突っ込んでおくよう、置き手紙をしておいたが……。心配だ。
俺は深いため息をつきながら、再び欠伸をした。
「おい黒咲。堂々と欠伸してんじゃねぇぞ。仕事しろ」
周りも気にせず大欠伸をしていると、それに気付いた二課長に怒られた。
「すみません」
目元の涙を拭いながら、とりあえず口だけ謝る。すると、二課長は呆れた目を向けて、
「お前今日地裁行く日だろ。のんびりしてるのもいいが、遅れんなよ」
「そうでした。クッソ、寝みぃ……」
二課長に返事をしながら、再び零れそうになる欠伸を噛み殺す。すると、向かいの席に座っている奴が、ひょっこりとパソコン越しに顔を出し、俺の顔を覗き込んできた。
「なになに、黒咲さん。なんで眠いんです??」
にやつき顔でつっかかってくるのは、同僚の霙だ。めんどくせぇ奴が絡んできやがった。
「なんでもねぇよ」
「春が来ましたか? もしかして! 晴だけに」
「お黙んなさい」
「いいじゃないですか。教えてくださいよ。誰? どんな子です?」
「ゲームで寝不足なだけだ」というと。
霙は顔の表情筋すべてのコントロールを失ったかのような顔で俺を見た。どんな顔かというと、クソムカつく顔だ。
「風邪っぽいっつって帰ったくせに、なにやってんすか」
目を逸らし、目覚まし代わりの珈琲を飲む。
「俺はてっきり、あの美少女とやっちゃったのかと思いましたよー」
「ぶふっ!!」
口の中の珈琲がミストとなって霙の顔面に降り注いだ。
「……黒咲さん」
「……すまん」
でも今のはお前が悪いだろ。
「あとでなんか奢ってください」
霙はハンカチで顔を覆いながら、目つきだけで俺を批難する。
「いつも奢ってんだろ。てか、お前が変なこと言うからだろうが」
「そんなに動揺するってことは、じゃあ本当になんかあったんですか!?」
「ねぇよ、ボケ。さっさと顔洗ってこい」
「ちぇ」
視界の端で霙が立ち上がるのを確認しながら、俺は二課宛のメールと回ってきた決済板をチェックしていく。全ての確認を済ませ、上司のデスクに決済板を置くと、今日の予定を確認し、組み立てていく。
寝不足と頭痛は相変わらずだが、今日の俺はちょっとウキウキしていたりする。
今日は午前のうちに東京地方裁判所に行く用事がある。ということは、もし運が良ければ彼に会えるかもしれないのだ。
娘はあれだが、白鳥裁判官は本当にかっこよくて憧れる。何度見てもかっこいい。男の俺が見てもかっこいい。生だと尚更かっこいい。
まぁ……娘はあれだがな。
「……よし。地裁行く前に身だしなみ整えよ」
席を立ち、手洗いに向かう。顔を洗う霙の横で、鏡の中の自分を見た。すると、鏡を見て前髪を整える俺を見て、霙がげんなりとした顔を向けてくる。
「……なにしてんすか? 自分かっこいい的な?」
「うっせ。珈琲くせえんだよ、お前」
「誰のせいだ!」
「お前だろ」
間髪入れずに言い含める。すると霙はつんと鼻を上に向けて、棘ついた声で言った。
「ハイハイ。鏡なんか見なくても、あなたはかっこいいですよ。つか、これから地裁ですよね? もしや気になる子でもいるんですか?」
「……ま、まあな」
やべ、顔が熱い。
俺は咄嗟に、霙から顔を背けた。その瞬間、霙は穴という穴を全開にして固まった。
「……えっ!? マジッすか!? 誰ですか!? 裁判官? 書記官? あ、もしかして調査官のそらちゃんですか!? なぁんだ、黒咲さんもちゃんと性欲あるんすね! 今日イチ安心したわぁ」などと、一人盛り上がる霙。
「ちげえよ。つか、誰だそれ?」
「……地裁のアイドル・そらちゃんを知らないだと?」
「知らねぇよ。相変わらず気持ち悪ぃな、お前」
呆けた視線が返ってくる。ポカンと立ち尽くす霙を追い抜き、俺は足を進めた。
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