現実は小説より奇なり KAC2023参加作品

七草かなえ

現実は小説より奇なり

 高校が休みの日、私は本屋さんに出かけた。

 お気に入りの恋愛小説、その新刊を買うためだ。

 努力家のヒロインがハイスペックヒーローに溺愛されるという西洋ファンタジーもので、私は読みながら二人の恋の行方のみならず、自然と煌びやかなドレスや舞踏会、風雅なお城に思いを馳せていた。

 本屋さんは小さいころから知っている店舗。文芸本はもちろんのこと、ライトノベルや漫画の品揃えも充実している。

 るんるんと小声で鼻歌を歌いながら、私はお目当ての本があるライト文芸のコーナーに向かった。

 芥川賞・直木賞・本屋大賞……途中何らかの賞を獲得した分厚いハードカバー本が平積みされた特設コーナーを通り過ぎようとして、知人の顔を見かけた。クラスメイトの男子によく似ていた。

 ――まあ今はスルーでいっか。声掛けるほど親しくないし。

 そうして無事に到着したライト文芸コーナーでは、美麗なイラストが表紙を飾った文庫本がたくさん並べられていた。うん、表紙見ているだけでも楽しいね。

 お目当ての小説には、店員さん手作りのPOPが飾られていた。人気作だからか、店員さんの推しなのか。


『本屋で出会った二人の、王道ラブファンタジー!』


 この小説はヒロインが、城下町の本屋で本を取ろうとして手を伸ばしたときにヒーローと手が触れ合ったことから物語が始まる。まさに王道。

 早速私も手を伸ばした時――誰かの手とぶつかった。

 触れ合ったなんてもんではない。ごつっとあんまり可愛くない音を立てて同時に声を上げる。

「いったー! って、え?」

「いってー! ……あれ? 君は……」

 私が手をぶつけた相手の顔を見ると、さっき芥川賞受賞作を食い入るようにして見ていたクラスメイト(男子)の姿があった。

「ご、ごめんっ!」

 彼は手がぶつかったのが私と知るや否や、脱兎の如く本屋の外に逃げてしまった。


 ――現実は小説とは違うけど、これはこれで面白いな。ふふふ。

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