第3話 夢の世界
「でさ、それで・・・・・」
友達と談笑する少年の前に立つ美子。
「・・・・・」
「なにか用かよ?」
少年の友達の一人が美子に尋ねる
「てか誰?こんな子いたっけ?」
もう一人の友達も立ち尽くす美子を不思議そうに見る。
すると美子は少年の腕を掴みそのまま教室から締め出す。
「おっおい」
「なにしてんだよ」
慌てた2人が止めに入るも
「なんだよ、心配すんなすぐもどっから」
少年は特に気に留めることもなくそのまま美子に連れていかれた。
校舎の屋上まで来た2人。
「あのよ~本田。突然現れて無言で立つのやめてくれねーか?ビックリするわ」
「あの本読んだ。」
「そうか。どうだった」
「なに!あの本!!」
「!?」
想定だにしない笑顔に一瞬惹かれる少年。
「物語が無限に広がっていくの!」
「だっだろ?」
一方的に話す美子に少年はただただ頷くしか出来なかった。
「あの………」
「なっ、なんだよ」
「本当に読んだんですよね?あの本」
「なんでそんな事聞く?」
「貴方頷くだけだから」
「!?お前が一方的に話すからだ!!」
「ごっごめんなさい」
「謝ることはねーよ」
「…………」
「俺の言った通りだったろ?」
「うん!」
「でっ!もっと聞かせてくれよ【本田の『浪漫飛行』】」
それから美子は毎日あの場所へ通い続きを読んだ。読むたびに加筆される物語。不思議な事にその日に読み直しても加筆されない。それが美子をワクワクさせた。
明日はどんな物語になっているんだろう
それが美子の毎日を楽しくさせ読み通うことが日課になった。
不思議な事はもう1つあった。
少年と少なくとも周に1回この本の話しをした。
大体のストーリーは一致している。故郷を離れ冒険に出た主人公が旅を通じて成長する物語。
だが、細かい所で食い違いが起きた。出版物としておかしな事ではあるが、美子はそれを解釈の違いと捉え更にその本に魅力された。
やがてその本はクラスの話題になった。学校一有名な少年が毎日楽しそうに話題にするのだ、クラスのブームになるのに時はかからなかった。
クラスの誰1人として同じ本を読んでいるのに同じ物語にならない現象にクラスは魅力された。
いつしか美子はクラスの輪に交じり級友と絆を育めるようになっていた。
そんな日々に転機が訪れたのは本と出会って1年経った別れと新しい出会いの季節。
1つが少年は転校した。家の事情で未成年ではとても行けない遠くへ引っ越ししてしまった。
ようやく出来た心を許した友との突然の別れは美子には衝撃であった。
そしてもう1つ
いつも利用していた場所が閉店した。
固く閉じたシャッターには貼り紙で閉店したことと店主であるお婆ちゃんが亡くなったことが書かれていた。
現実を受け止めるには美子の心はまだ未成熟であった。ようやく手にした絆に頼ることは無く、再び心を閉ざしてしまった。
再び暗闇へと向かう美子を両親は心配することしか出来なかった。
開くはずの無いシャッターの前に毎日立つ美子。
来る日も来る日も来る日も………美子には新しい出会いが不安でしかなかった。
そんな日々が続いたある日。
美子はいつものようにじっと開くはずの無いシャッターの前に立っていた。
「……………」
「もしかして、本田さん?」
見知らぬ男性に声をかけられ身体が強張る美子
「そっそうですけど」
「ようやく会えた」
恐怖を覚える美子。すると男性は深々と御辞儀をした。
「ありがとう」
男性の言葉の意味が理解出来ない。何故この人に私は感謝されているのか………
「ばあちゃん。いつも凄く喜んで話していたよ。君のこと」
「えっ」
「私はこの店の店主の息子なんだ」
話しかけてきたおじさんは、お婆ちゃんの息子であった。
「中学生の女の子が毎日この店に来る事を楽しみにしているような表情で来るんだって………この店お世辞にも時代遅れな店だから、日頃からお客さん少なかったんだよ」
「…………」
「そんな中で君が毎日来てくれて、夢中で読書してくれて嬉しいってばあちゃん言ってたよ」
「そんな…………私は全然本買わないでただ本を読んでただけです。」
「それでもばあちゃんは嬉しかったと思う。一時期は1人も来店の無い時期が続いた事もあったから」
「ありがとう。君のお陰でばあちゃんは幸せそうに逝ったよ」
「!?」
溢れ出す涙。どんなに泣きたくても泣けなかっのにその瞬間ダムが決壊したかのように溢れ出た。
そんな美子に男性は優しく声をかける。
「これを、受け取って貰えるかい?」
男性から渡されたのは、『浪漫飛行』。
「この本…………」
「大層君が気に入っているからって、ばあちゃん。亡くなる直前に遺言の1つとして遺していたんだ。是非受け取って欲しい。」
「ありがとう御座います。」
「ばあちゃんはこうも言ってた。【その本は貴女と共にある】って」
「…………」
「辛い時、苦しい時はその本を読むといい。きっと君の支えになってくれるから」
「…………はい!」
涙を拭い笑顔になる美子。久しぶりにその本を開く
「これは……………」
まだ見ぬ無数の物語の中の出来事が再び美子を夢中にさせた。
時は流れ
(おや、眠ってしまってたみたいだね。懐かしい思い出を見たものだ。)
ぼっと眺めていると無邪気に子ども達が遊んでいる。
(あれから色々あったけど、あの出来事のお陰で今の私があるんだね………)
ふと微笑む女性。
「お婆ちゃん。こんにちは」
「いらっしゃい。」
「お婆ちゃん。本読んでもいい?」
「どうぞ好きなだけ読みな」
「ありがとう」
並べられた本を見回る少女。辿り着いた先にはあの本があった。
「これにする!読んでいい?」
「………いいよ」
その本を夢中で読む少女にどこか懐かしさを感じる。
「お婆ちゃん。どうしてこの本こんなにも中途半端なの?」
「…………それはね」
この本はまた1つ物語を紡いだ。
一冊から始まる物語 ザイン @zain555
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