第13話 封印解除

 グレナと一緒に森の中を進んでいくと、大小の小屋が見えた。小屋といっても大きい方は一軒家くらいはありそうだけど。その大きい方にグレナが入るので、後に続いて入ると、真っ先に目に入ったのは、十傑の魔術師たちだった。

 

「よっ、遅かったな、姉御。お? なんだなんだ? 付き合ったのか??」

 

 繋いでいた手に気づくと、ニマニマしながらガスティーがからかってきた。

 

「うるさいわよ。なんでもいいでしょ。」

 

「ちぇ。もうちょっと揶揄い甲斐あってもいいだろー?」

 

「私たちは揶揄うための材料じゃないのよ。」

 

 手を繋いでいた方とは反対の手でガスティーをゲンコツした。ゴンっていい音がして、いたそうで、殴られたガスティーは頭を抱えた。

 

「す、すんませんした。」

 

「全く、こういうのは外野が口を出すものではありませんよ? ガス。」

 

 ため息をつきながら、キリスタンが諌める。

 

「キリスはお堅いなぁ。」

 

「私は見守る方が性に合ってますので。」

 

「それには俺も同感だな。」

 

「はいはい、そんなことより。準備は?」

 

「「「「できています(わ)!」」」」

 

 全員が一斉に答えたのだった。グレナって、この人たちの手綱をしっかりぎっちりと握ってる気がする。世界を探しても、本当の意味でグレナに逆らえる人はいないだろうな。

 

 全員でもう一つの小さめの小屋に向かった。中は本棚が敷き詰められた書斎のようだった。小屋じゃなければ間違いなく書斎だど思う。魔術書からただの小説まで色々置いてあった。しかし、全員がそれには目もくれず、奥にある扉に向かった、と思いきや扉の前でグレナがしゃがみ込んだ。グレナの背中から何をするのかと覗き込むと、グレナが触れた床が少し光り、床下収納のような枠が浮き出てきた。そこを開けると、大人一人分が通れるほどの階段があった。

 

「隠し扉? 床?」

 

「そう。私の魔法で隠してあるの。この書斎にもそこにある扉にも封印魔法を施してあるけど、どっちもフェイク。単純だけど引っかかりやすいでしょ?」

 

 頑丈な封印魔法が施してある小屋、開けてみたら書斎でわかりやすく奥に扉がある。その扉にも封印魔法。普通なら奥の扉に色々あると思う。だけど、実際にはその前、足元にある目隠しされた階段、ねぇ。聞けば、奥の扉にも世間の目に触れても大丈夫なラインとギリギリセーフなもの|(グレナたちの基準)まであるらしい。今の現状からしたらかなり先進的技術らしいから、見られたところで理解できないとも言ってた。

 

 この二重にフェイクを重ねる用心深さがグレナらしいとも思う。絶対ここは気付けられない。

 

「絶対見つけられないと思う。」

 

「ふふ。さて、行きますかね。」

 

 グレナが躊躇いもなく階段を下っていく。その後ろをついていくと、何も施されていない扉があり、開けて中に入ると、壁に沿って本棚が並んでいる。端にある机の上と、床に乱雑にまとめられた書類の山が数箇所に点在していて、いかにも研究室って感じの部屋だった。

 

「ごめんね、ちょっと散らかってる。」

 

「……あとで片付けようか。俺も手伝うからさ。」

 

「助かる。私、研究室だけは片付けられない人間だから……」 

 

 どうやら、片付けている途中で資料を見て、手を止めてそのまま研究に没頭してしまい、片付けが進まないそうだ。誘惑があると勉強できないってイズアルトも言っていた気がする。それはどうでもいいとして。

 机の横にあった扉を開けると、今度は何もない空間に出た。正確には、壁に取り付けられたランプ代わりの魔道具と、床に解読できない魔術陣が描かれているのだが。おそらく、あれがグレナの封印を解くための陣なのだろう。

 

 陣の中に入らなければどこにいても同じだから好きな場所で見ていいと言われたので、入り口から入ってすぐの壁に立つようにした。グレナが陣の中心に、他の十傑の人たちが、陣の外を等間隔に囲むように立った。

 

「それでは、みなさん、準備できておりますわね?」

 

「「「もちろんです(だ)。」」」

「「ああ。」」

「いいぜ。」

「OKだ。」

 

 全員が頷くのを見てから、理事長はグレナに視線を向け、グレナも頷いた。

 

「さぁ、わたくしたちの隊長の再臨よ!」

 

「「「「おう!」」」」

 

 理事長が不敵な笑みを浮かべて言うと、グレナ以外は気を引き締めなおし、反対にグレナは額に手を当てた。恥ずかしいことを言うんじゃないって思ってそうだ。

 9人が一斉に片膝をつき、両手は陣に添えて莫大な魔力を練り上げ、陣に流し込んだ。

 

「我らは十傑の魔術師に連ねる者、」

「かの者の力を取り戻さんとここに集結せし者である。」

 

 全員が同じ質、量、速度で、練り上げた魔力を陣に流し込み詠唱を始めた。浮かび上がった魔術陣は虹色に発光して浮かび上がった。どう言う魔術なのかは理解できない。しかし、理解できないからこそ、高度な魔術ということであり、グレナに魔力制御を教わったからこそ、莫大な魔力を制御しているこの人たちの技術力の高さが分かる。

 

「我らの声に応えし戦乙女の力よ、」

「異界の扉を開き、」

「ここに降臨せん!」

 

 詠唱が終わると、暴風が部屋に吹き荒れる。油断していると吹き飛ばされそうだ。陣に流し込んだ虹色に光った魔力が解放されたことで、魔法陣の中にいるグレナの周囲以外は、まるで嵐の中にいるようだ。この暴風の中、9人は全く動じていない。さすがというべきか。

 いや、違う。9人の混ざり合った魔力じゃない。これは、グレナの魔力と似ている。でも、この魔力の質は、今まで感じたグレナの魔力の質と違う。いつもよりも濃度が濃いから、9人の魔力と勘違いするほどだった。

 それに俺が気づくと同時に、グレナが陣の中で両手を左右に広げると、魔力の流れが弱くなっていき無風になった。魔力がなったのではなく、グレナが制御しているのだろう。

 そして、ゆっくりと、そよ風ほどの強さで魔力がグレナに向かって行く。陣の光がなくなり、暗い部屋の中だからか、膨大な魔力のぶつかり合いで輝く魔力の光はまるで夜の星空のようだった。ゆっくりと動いていた魔力は、グレナの体に吸い込まれ、部屋の中は真っ暗になった。動くとぶつかりそうだと思い、その場に止まっているとすぐに指を鳴らす音が聞こえて、部屋に設置してあった魔道具が光った。

 

「お姉様、おつかれさまです。とても華麗な魔力制御でしたわ。」

 

「ありがとう。まだ感覚が鈍ってるけど、これならなんとかなるかな。」

 

「元はルイさんの魔力だったのですから、制御方法はそうそう変わりませんよ。」

 

「それもそうね。それより、あなたたち。戦乙女の力ってなに?」

 

「そんなこと言いましたか?」

 

「言ってたわよ。まったく……」

 

 グレナの呆れた顔と理事長のすっとぼけた反応から、どうやら戦乙女の力っていうのはグレナ自身の魔力のこと指すのかもしれない。大規模魔法を複数人で行使するには、行使する魔術師同士のイメージが同じじゃないと失敗する確率が高くなる。この9人にとって、グレナは戦乙女なんだろう。わからなくもないけど。地下室を片付けてから、全員で小屋から外に出る。

 

「それじゃあ、早速……」

 

 グレナの言葉を遮るかのように、雷が落ちたかのような轟音が聞こえた。深い森の中で正確な天気はわからないが、森に入る直前まで快晴で、雷が鳴るような天気じゃなかった。

 

「何事ですの?!」

 

 理事長が驚いていると、また同じ音が、今度は二発鳴り響いた。

 

「どうやら、侵入者みたいですよ?」

 

「侵入者? なぜ、こんな危険な森に……」

 

「危険だとしても、入る価値はあるわ。」

 

「まさか、神獣だと?!」

 

「あり得ない話ではございませんわね。」

 

「呼んでる……」

 

「グレナ?」 

 

「フェルナが呼んでる。ちょっと行ってくるわ。」

 

 グレナが一目散に駆け出して、あっという間に追いつけない距離まで離れてしまった。

 

「フェルナって?」

 

「フェンリルのフェルさんには会いましたか?」

 

「ああ。ついさっき。」

 

「その方の娘、三姉妹の一人ですわ。他に、フェミナとフェニルというのですわ。」

 

「あの子達か!」

 

 フェミナという名には聞き覚えがあった。

 

「もうお会いしたんですのね。」

 

「あ、あぁ。フェルさんに会う直前、偶然会いました。クッキーを欲しがったからあげたんですよ。」

 

「まぁ。殿下手ずから? 警戒心の強いあの子たちが……」

 

「え? 人懐こいですよね?」

 

 あの子達は、俺の匂いをかいだりはしたが警戒心が強いふうには思えなかった。むしろ全くなさそうに近寄ってこられて俺の方が戸惑った。だからそう言ったのだが、俺の発言に9人がバッと振り向いた。全員驚いている顔だった。

 

「い、いえ、まったくですわ。あの子たちは初対面の人間から何かをもらうなんていたしません。むしろ逃げて行きますから、物をあげるなんてとてもできません。わたくしたちは今でこそ懐かれていますが、最初は警戒心が強すぎて近寄れませんでしたのよ?」

 

「えぇ? そんなことありませんでしたけど……」

 

「そんなことができたのはお姉様以外に……まさか、殿下には素質があるということですの?」 

 

「素質?」

 

「神獣召喚の魔術を、ですわ。」

 

「そういえばそんなこと言ってましたね。って、そんなことより!! あの子達に助けに行ったグレナに加勢しないと!」

 

「殿下。少しお待ちくださいな。」

 

「何故ですか?」

 

「お姉様が感覚を取り戻すための訓練にもなりますから、放っておきましょう。むしろ、殿下は行かない方がよろしいかと……」

 

「グレナが強いのは知ってますけど、まだ慣れていないんですよね?」 

 

「確かにそうなのですが……むしろ力加減ができなくてスプラッタになってしまっているかと……見なくて済むなら見ない方がいいと思いますわ……」

 

「俺は一応男なんですが?」

 

「お姉様の尋問ショーならぬ、拷問ショーをご覧になったことがないからそんなことが言えるのですわ……」

 

「あれは無理だ……」

 

「初めて拷問を見るなら姉御のはやめとけ……まじでトラウマになるぞ。」 

 

「あれは男だろうが女だろうが、見てはいけないだろうね。俺のほうがマシだと思うなぁ。」 

 

「かなりエグい拷問を思いつくスクですらマシと思えるなんて……思い出そうとするだけで、震えがでてきました……」

 

「やめなさいミリア! 思い出したらいけません!」

 

「そうそう。思い出したらダメ!」

 

 尋問ショーならぬ拷問ショーを知ってるらしく、気弱そうなチドルフはともかく、比較的そういうのは大丈夫そうなスクローマ、キリスタンまで顔を青ざめさせていた。二人は、思い出しそうになってるミリアリスを必死に止めている。

 

 これは、触らぬ神に祟りなし、かもしれない……

 

 そんなことを思いながら、理事長が転移魔法で俺らの居場所を変えた。周囲の景色が変わったことに気づいて周囲を見ると、さっきと変わらぬ御神木と殺気立っている神獣たちがいた。数がさっきよりもだいぶ少ないところを見るに、いない人は助けに行っているのだろう。

 

『お前たちか。ルイグアリナがいないということは……』

 

「えぇ。フェルナに呼ばれたと言って飛び出してしまいましたので、今はおそらくフェルナたちのところかと思いますわ。」 

 

『そうか。ルイグアリナが行ってくれたか……そうか……』

 

 フェルさんも、残っていた神獣たちもとても安心したような顔をしていた。子供たちが心配だったのだろう。このまま二度と会えなかったらと思ったはずだが、グレナへの信頼度は相当高いようだ。大人しく待つことになり、御神木の近くにいると……

 

「お待たせ〜!!」 

 

 グレナの声が上から聞こえてきて、見上げるとグレナが空から降ってきた。最近も似たような光景を見たけど、十傑の人たちって降ってこなきゃ気が済まないのか? なんてことを思っていると、土埃をあげて着地をした。土埃が晴れると、その腕には三体の子供フェンリルが大人しく抱えられていた。

 

『お前たち!! 無事だったのだな!!』

 

『『『おかあさーーーん!!!』』』

 

 フェルさんが駆け寄ると、グレナの腕から下ろされた子供たちが泣きそうな声で駆け寄った。体長に差があるから、子供達はフェルさんの足に体を擦り寄せた。

 

「お姉様、侵入者とは何者でしたか?」

 

「ピスケル王国のバカだった。」

 

 ピスケル王国は、商人が集まってできた国で、商売をする上で大事な信用を『第一』と考えている国でかなり信用ができる。今の国王になるまでは。

 

「あー……あの商人の国の……今の国王はいい噂聞かないけど、ついに神獣に手を出しちゃったかぁ……神獣に見放されちゃったねぇ。」

 

「見放される、とは?」

 

「聞いたことない? 神獣に加護を与えられた国は繁栄したって。」

 

「あるけど、」

 

「神獣はその逆もできるのよ。神獣を襲った国は呪いを受けて滅びたってね。神獣をなめるからよ。」

 

 バカねぇって呆れるように言うグレナの気持ちはわからなくもない。神獣を保護した国は繁栄したって話は物語に出てくるほどに有名だし、子供でも神獣は大切にするものだと教わるだろう。俺もそうだったし。

 

「さて、ピスケルの今の国王バカがやらかしたのはもう良いとして、なぜ今の国王バカを止める人間がいなかったのかが問題よね。」

 

 普通なら国王が神獣に手を出す前に宰相や側近たちが止めるものだ。商人の国と言われているピスケル国は信用を第一に商売をするから、国王自らがそんなことをすれば国が荒れるし、クーデターなんてすぐだ。だけど、クーデターなんて情報は来ていない。

 

「クーデターがある情報なんてありませんから、下手したら……」

 

「えぇ。最悪は魔族の関与、でしょうね。」 

 

「え?! 魔族?!」

 

「魔族は人の欲を刺激して、いいように操るの。国が滅ぼうが人が死のうがどうでもいいと思っているから、あと先考えないバカなことでも躊躇いなくしてしまうの。信用第一の商人の国と言われている国が神獣に手を出したとなると、魔族の関与を疑うわ。辻褄も合うしね。」

 

「これは……」

 

今のピスケル国王バカただのバカで、周りの人たちが止められなかった、もしくは強引または秘密裏に決行されていて止める暇もなかったとかそういう感じじゃなかったら……でも、その確率は低いわ。なんでそこまで力をつける前にクーデターを止められなかったのかって話になるもの。」 

 

 あの国は、国民の7割は商人らしく、商人自身が持つ独自の情報網を駆使して、王族の話は周辺諸国に知られる前にどうにか対応をしていたはずだ。それについては俺も同感だった。魔族以外にも可能性はあるが、そっちもどうやら可能性は低いから、とりあえず可能性がかなり高い魔族の関与を疑っていた方が良いと結論が出た。

 

「さて、と。シド、あなたに王族として頼みがあるの。」

 

「なに?」

 

「秘密裏にあなたの父君、国王陛下にこの情報を流して。」

 

「え、そんなことして良いの? この森はグレナたちが情報操作した場所なんでしょ?」

 

 ここは、グレナたちが嘘をついてまで守っている場所で、グレナにとっては仲間が住んでる場所のはずだ。その努力を無にして良いのか。それに、神獣たちは良いのかと思い、フェルさんたちを見ると、

 

『人間社会のことはよくわからぬゆえ、グレナに任せている。』

 

 意外にもグレナのやることに文句はないらしい。他の神獣たちも別に良いよねって言っていた。本当にいいのだろうかと渋る俺にグレナは背中を押した。

 

「私は国王陛下にあったことはないけど、あなたの肉親だし、エレナは信用しているみたいだからね。」

 

「はい。陛下はシドニス殿下と瓜二つですからね。性格も顔も。」

 

 たしかに、俺は兄弟姉妹の中で一番、父に似ていると言われたことがある。性格はわからないが外見は成長すればするほど似ていった。

 

「信用しているシドとエレナに聞くわ。国王は神獣がいたとして、手を出すと思う?」

 

「「全く。」」

 

 間髪入れずに否定すると、理事長と俺の声が重なった。

 

「でも、グレナ。秘密裏に流すって言っても、どこからか情報が漏れたらどうするの?」

 

 その情報を聞いたのが神獣に手を出す輩だったら。

 

「大丈夫よ。神獣に手を出して生きて帰ってこれた人間なんて一人もいないわ。だけど、念の為に結界魔法を張るけど。」

 

 フェルさんに許可を取るとすぐさま了承してくれた。小屋に戻ると、グレナは結界魔法の開発と構築に取り掛かった。ちなみに、十傑は明後日、Sクラスの生徒を鍛錬するための準備や国防(理事長のみ)やらで帰って行き、俺とグレナだけ残った。

 

 小屋の奥の部屋で紙に何かを書きなぐったり、紙をぐしゃぐしゃにして丸めてゴミ箱に捨てたりを繰り返して行く。途中で軽食を作って持っていくと、お礼を言われたあとに黙々と作業していった。時間がかかるから先に寝てていいと言われて、あてがわれた部屋のベッドに入った。いろんなことがあり、知らずのうちに疲れていたらしくすぐに寝入ってしまった。

 

 翌日、起きるとベッドの中には俺だけでなくグレナまでいたのに驚き転がり落ちると、その音でグレナが起きて、そのグレナが露出の高い寝衣を着ていたので、理性を保つのに必死だったのは別の話である。

 

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