第10話 土俵へ上がるための序章


 私は生徒に、私たち十傑の魔術師と同じ土俵に上がってこいと言うと、地面が揺れるほどの絶叫をあげた。

 

「な、ななな、何言ってるんですか?! 最高の叡智と言われし十傑の魔術師と肩を並べろと?! まだ十五の私たちが?!」

 

 最高の叡智とやらは初めて聞いたけど、十傑は強いし、まいっか。

 

「そうよ?」

 

「短期間でできるわけがありません!!!」

 

「別に短期間とか言ってないわよ。」

 

 明日や明後日で習得しろなんて、いくら自他共に認めてる元鬼教官の私でもそんな鬼発言しない。

 

「「「「「え??」」」」」

 

「そうねぇ、最短一年ってところかしら。」

 

「「「できるわけねーですよ!!!」」」

 

 普通なら一年じゃ無理。だけど。

 

「そんなことありませんわ。」

 

「え? 理事長?」

 

 さすが、私のことを理解してるエレナ。私の見立ては想定していたらしい。

 

「このSクラスのみ、わたくしたちと肩を並べるための才能及び下地は出来上がってますわ。」

 

「どう言うことですか?」

 

 シドニスが不思議そうな顔をして私をみた。首を傾げている姿はなんとも可愛らしく見える。可愛らしく?! ついに目までおかしくなったらしい。これが恋というやつなの?! ユリアスのバカ、なんてもの気づかせてくれたのかしら!! あのおバカ! なんか、見られることが恥ずかしいとさえ思いだしてしまい、首が折れる勢いで目を逸らした。

 

「(私のバカァ!! これじゃ、シドニスが悪いみたいじゃない!! で、でも、目が見れない!! いや、目だけ見なれけばいい。みなければ。)」

 

 そう思いながら、顔を向き直して、目だけ逸らした。

 

「あー、いや、ね? 魔術師の弱体化が思った以上すぎてね? このままじゃダメだなーってあなたたちと初めて模擬戦した時に思ったのよ。その時から、私は育成方針を変えたの。」

 

「方針?」

 

 落ち着け、落ち着くのよ、私。

 何度か深呼吸をして、私が今日言う方針を変えた理由を思い出していく。

 

「私たち十傑が表に出るのは戦争直前、今から数年後でいいと思ってた。エレナ以外は全員そう思ってたはずよ。その危険だと思ったエレナに頼まれて私はここに来たんだけど、この国で言う第二階梯まであげられれば良いかなって思ってたの。私たちの時代で言うと第四階梯ぐらい。」

 

 昔の時代の第四階梯とは、一般の魔術師が至れる最高峰。だけど、この子達なら学園を卒業する前に至れる。数名は第三階梯に至れるはずだと思っていた。実際少し教えればメキメキと力をつけたから。私の教えを、シドニスが周りにいる王国騎士団に教えれば第四階梯まで力をつけると計算していた。

 

「シドニスっていう王族がいるし、真面目っぽいから、率先して王国の騎士団を強くしてくれるだろうなーって。今の魔法師団もバカじゃないし、ある程度は強くなれる猶予はあると思ってた。だけど、やめた。」

 

 その考えを持っていたのは、Sクラスの模擬戦を見るまで、だった。

 

「私はね? この上ない楽しみを見つけちゃったの。なんだと思う?」

 

 生徒に問うた。

 

「え? 俺たちのあまりの弱さに呆れたとか、このままじゃ世界が滅ぶ、とか?」

 

 男口調のミストリア辺境伯家出身、ユリアーナが自信がなさそうに答えた。

 

「違うわ。あの時の私が思っていたのは、そんなものじゃないの。あの時は、そんなもの頭からすっ飛んでたし。私ね? 宝石を磨くのが趣味なんだけど、」

 

「??」

 

「震えちゃったのよ。あなたたちが持つ才能に! あなたたちという魔術師の原石を、私たちに届きうる存在を、私が磨きたくなっちゃったの! 私が大事に磨き上げたら、どんなふうに輝くのかを、見てみたくなったのよ!」

 

 私は宝石が好きだ。正確にいうなら、自分で原石を見つけ出し、自らの手で磨き上げ、加工することが大好きだ。レッドスピネル、モルガナイト、インペリアルトパーズ、シトリン、ヒスイ、ブルーダイヤモンド、サファイヤ、ラピスラズリ、ラベンダーヒスイ、ホワイトオパール……

 

 一見価値がないように見える原石は、丁寧に磨けば光り輝く。ただそこにあるだけで人を魅了する。しかし、ただあるだけでは味気ない。綺麗な人をさらに綺麗に仕立て上げるには、綺麗な服を着せ、化粧をさせ、その元ある素材を生かそうとするだろう。

 

 私は、宝石たちを着飾らせたい。何もしなくても魅了する宝石を、さらに魅了するように仕上げたい。

 

 この世のありとやらゆる石、人、物、なんでもいい、全てを輝かせること。たとえ原石であろうとも。それが私の趣味でもあり夢だ。

 

 この子たちは、私の夢でもあり、趣味でもある欲を刺激する原石だった。

 

「あなたたちが進む道を、その先を、私に見せて欲しい! ……つまり、私は私欲のためにあなたたちを鍛えていたの。世界のことなんて一ミクロンも考えてないわよ。私だって一人の人間だもの。」

 

 もちろん、魔術の研究も好きだ。だけど、それ以外にも好きなもの、趣味をしたいと思うだろう。私だって欲深い人間の一人なのだ。まぁ、この子達からしたら、モノ扱いするなというかもしれないけれど。

 

「じゃあ、俺たちは十傑に届くかもしれないと、グレナは思ってて、その才能を磨くために今まで訓練してたってこと?」

 

「そういうこと。」

 

「なんだ、悪い方に変わったのかと思った。安心したよ。」

 

 シドニスの確認に、みんながほっとして肩の力を抜いた。なぜ?

 

「え?」

 

「いや、俺らが弱すぎて話にならないって、適当に訓練してたのかなって。でも、そうじゃなかったんでしょ?」

 

「そう、だけど……」

 

「ならいいや。」 

 

「自分で言うのもなんだけど、私、あなたたちのこと、真剣に鍛えてないと思うんだけど……」

 

「俺たちの才能を、趣味?の一環として真剣に磨いてたんでしょ?」

 

「磨くことには真剣ではあったけど……」

 

「趣味ってさ、人を一番真剣にするものだと思うんだよね。」

 

「??」

 

「楽しいからこそ、真剣に、楽しくやれる。つまんないものをやり続けるより、楽しいことをしてるほうが続くはずだ。グレナにとって宝石を磨くことも、俺たちの才能を鍛えることも、真剣になれるものだったってことだ。それが巡り巡って、俺たちを強くする。グレナも俺たちが強くなって嬉しい。だろ?」

 

「う、うん。」


 確かにそうだけど…それでいいのか。


「俺たちも強くなれて、君の役に立てて嬉しい。なら、何も悪いことじゃない。グレナは、グレナのままでいいんだ。そうだろ? みんな。」

 

「そうでなくては私たちが認めたグレナ先生じゃありませんわ。」

 

「そうですよ。」

 

「「「「グレナ先生、ありがとう!」」」」

 

 クラスのみんなが、私を肯定する。

 私を、認めてくれる。

 私欲のために動いていたはずの私に感謝をしてくれる。

 

 特殊部隊にいた時は私欲を捨て、民を守り、感謝されるというサイクルが当たり前だった。私欲を捨て、王国魔法師団特殊部隊隊長としての私でいることで感謝されると思っていた。それも、強大な敵がいる時のみだけだと思っていた。

 

 隊長としての私ではなく、何もない私を認めてくれた。これほどの嬉しさは他にない。

 

「こちらこそ、ありがとう。」

 

 気づかせてくれたのは、シドニスだ。

 はぁ……認めるわ。私は、シドニスが好きだ。他の誰でもないシドニスだから、好きになったのだと。完敗ね……

 

「じゃあ、話を進めますわよ!」

 

 そう言って、和んでいた空気を引き締めたのはエレナだ。

 

「言っておきますが、わたくし含めたここにいる9人は才能があること前提ですが、全員お姉様に鍛えられましたわ。」


生徒はエレナの言葉に何そんな当たり前のことを?という思いと、それがどう繋がるのかがわからないと言う顔をしていた。それをみて、キリスタンが手を上げて補足した。

 

「この中で一番才能がないと言われていたのはニーナと私ですが、ルイさん、今はグレナさんでしたか。グレナさんのご指導で一年ほどで才能を開花させたと自負していますよ。」

 

 確かに、私は燻っていた(自ら来た子もいたが)この子達を鍛えた。最初はエレナだったけど、エレナが私の崇高さ?をユリアスに説き、流れでユリアスを鍛え、途中から磨き上げることが楽しくなり、チド、スクたちという原石を見つけて無理やり合流させ、色々ありこの10人が最終的な十傑の魔術師として魔術師の最高峰の頂に登り詰めた。

 

「だよねー! 私追い抜かれちゃってびっくりしたんだもん!」

 

 年齢では一番最年少のミリアは学園で名を轟かせていて私の耳に入り鍛え始めた。だから後から見つけた、ミリアより年上のニーナやキリスより、ミリアの実力はもっとずっと強かった。だが、ミリアにはサボり癖があり、二人に追い越されてしまったのだ。

 

「ミリアはサボり癖があったからでしょう?」

 

「にゃはは、これは耳が痛い!」

 

 ミリアは悔しがってはいたけど、自分より弱かったはずの二人に追い越されたことで、火がついた。今までのサボり癖が嘘だったかのように真面目に取り組み始めたので、私も楽しくなり、いつのまにかミリアは特殊部隊四席に。

 

「キリスとニーナは、それぞれで下地は出来上がっていたんだが、姉御によって一部は鍛え直されていた。その上で一年で才能を開花させた。つまり、何がいいたいかというと、すでに完璧に下地が出来上がっているお前たちなら、遅くとも2年で俺たちの時代の賢者レベルにまで上り詰めるだろってことだ。」

 

 賢者と十傑との違いは、一般的に、魔術で最高峰と思われている不老魔術を、自分で施せるほどの魔力量、技術力があるかないか。それだけだった。今はそもそも魔術の知識が無さすぎてお話にならないが、この子達なら昔の賢者に並ぶはずだ。そして、100年後には、何人か十傑を超えるはずだ。簡単じゃないけどね?

 

「私の見立てでは全員一年で開花し、第一階梯(エレナと同等の魔術師と認められた者にしか与えられない階級であり、昔の第一階梯と同じ強さ)にはなれると思うけれど、正確な期間はわからないわね。なにせ、これから私の元を離れるのだから。」

 

「「「「え??」」」」

 

 私の言葉に呆気に取られたのは、十傑メンバーだった。

 

「あら、何を驚いてるの? 魔族の手が及んでいるかもしれない今、あまり悠長にこの子達を鍛えている時間はないかもしれないのよ?」

 

「ど、どういうことですか?? 隊長?」

 

「あなたたち十傑には、私から二つのお願いがあるっていったわよね?その一つは、さっきも言ったように私の封印を解く準備を。」

 

「二つ目は?」

 

「この子たちを鍛えてくれる?」

 

「「「えぇぇぇ?!!」」」

 

 エレナ以外の8人が声に出すか出さないかの違いだったが、驚いていた。本日第二訓練場から聞こえてきた二度目の絶叫である。

 御使の聖痕が出た今。魔族側の手がどこまで伸びてるのか。それがわからない今、悠長に鍛えてる暇はない可能性がある。この人数を一人で鍛え上げるには最低でもあと2年は必要になる。私の考えうる最悪の状況であった場合、あと一年半くらいで魔族が攻撃してくると思っているから、半年足りない。半年、いや、1週間もあれば今の王国ではあっという間に蹂躙されておしまい。魔族が支配する世界の幕開けだ。

 魔族が1年半ちょうど、もしくはそれ以上後に攻撃してくるのならば、生徒達の他にも鍛えることもできるし、技を使い慣らす期間ができる。私が直々に鍛え上げたこの子達十傑がいれば、それが可能になる。私の楽しみが減ってしまうが、私を認めてくれた生徒愛おしい子供たちの命がかかってるのならば、喜んで手放そう。そう思っていたのだが……

 

「何よ。不服だっていいたいの?」

 

「違います違います!! 生徒を鍛える隊長を手伝うんじゃなくて、俺らが鍛えるのか?!」

 

「そう言ってるじゃない。」

 

「なんでだよ!」

 

「私は別にいいですよー?」 

 

 エレナとミリア、スクは頷いてくれたが、他は渋っていた。

 

「時間がないかもしれないって言ったでしょ?」

 

「私はー、そのー、鍛えるのとか苦手だしー……」

 

「ニーナ。あなた確か、数年前、私に貴重な素材を取りに行くのを手伝ってくれと頼んだわね?」

 

「は、はい……」

 

「その時に一つ、貸しを作りませんでしたっけ? その貸しを今返してもらうのではいけない?」

 

 ちょーっと色々あって、ニーナに騙されるような形になってしまったので、貸しにしておいたのだが使ってなかったので、ここぞとばかりに使用する。

 

「いいえ! もちろん、引き受けさせていただきます!!」

 

生徒一同:「(一体何をしたんだ? )」

 

「助かるわ。あら、ガス、あなたどこに行こうとしてるのかしら。」

 

 遠くに転がっていたパラシュートに向かっていく人物の名を呼ぶと、肩を跳ねさせた。

 

「ビクッ……いやぁ……俺は誰かを教えるとか、柄じゃないんで……」

 

 ゆっくりと首だけ振り向かせた。冷や汗が流れている。

 

「貴方、特殊部隊時代の時、王宮を吹っ飛ばしたわよね? あれを治したのはどこの誰だったかしら?」

 

生徒一同:「(王宮を吹っ飛ばした?)」

 

「もちろん! 姉御っす!」

 

「アズラエル先代陛下からのお叱りを宥めるのは大変だったわぁ。」

 

 アズラエル先代陛下とは、私たち特殊部隊を作った人物で、戦争終結後にお年や持病など様々な要因で体力を奪われ、最低限の引き継ぎと、王位を孫に譲った後亡くなった。私たちを騙したあの憎き王の祖父ではあるものの、私たちを可愛がってくれていたし、最後まで民を、騎士を慮っていたお人だった。私たちが、今の王族を憎まないと決めたのは、アズラエル先代陛下の影響と言える。

 

 そのアズラエル先代陛下は、怒るとものすごく怖い………百鬼夜行の創始者ナイトパレード・ファウンダーという二つ名を持ち、獰猛な鬼たち私たちを飼ってるって言われていた。実際、私たちを飼い慣らしてたとも言える……

 

 その先代陛下が怒るのを短時間で宥めるのは困難であり、私はその時頑張って宥めたのだ。関係なかったのに……いや、ある意味、ガスを止められなかった監督不行き届きだったのだろうが、とにかくその場所にいなかったため、止めようにも止められなかった……

 

「懐かしいわね。……それは置いておいて、ガス。私からのお願いでも引き受けてはくれない?

 

「もちろん喜んで!!」

 

「ありがとう。チド? あなたはこの機会にそのコミュ障を治しては如何かしら。」

 

 箒に跨って逃げようとしたチドの襟首を即座に掴み、逃げられないようにした。 

 

「ひぃぃぃー! 無理です無理です無理です〜〜〜!!」

 

「そんなこと言わないで、ね?」

 

「ひぃぃーーー!!」

 

 怯えているチドはすっかり腰を抜かしているが、好きあらば箒で逃げ出すので襟首は掴んだまま。

 

「エレナ。」


 一人、視界から消えた人物に気づいて、その捕獲をエレナに頼む。

 

「はいですわ! ユリアス! 逃げても無駄ですの! 観念しなさいな!」

 

 何か特殊な魔法を使って居場所を特定されたユリアスの腕を掴んだエレナ。捕まったのを悟ったユリアスは幻覚魔法の上位互換、五感すら惑わせるロストマジック、幻妖魔法を解く。

 

「えぇ? やだよー、めんどくさ、、い……」

 

生徒一同:「(いつのまにいなくなってたんだろう……)」|

 

「私はあなたの代わりに何度も素材調達して差し上げた記憶があるのだけど? 一度くらい私にも力を貸してちょうだい?」 

 

「……わ、わかりました……」

 

 ユリアスはめんどくさいのと、武闘派じゃないのを理由に、私に研究に必要な資材の調達を依頼することがよくある。(自分が本気を出すのがめんどくさいだけだ。)それを自覚してる分、ちらつかせれば折れるとわかっている。

 

「私は、研究中の魔法があるのですが……」 

 

「それは国からの依頼?」

 

 エレナ以外は、一般社会から隔絶した生活を送っていたので、国からの依頼があるわけがないとわかっていて、意地悪な質問を投げかけた。嘘をつきたくないキリスは……

 

「いえ……私の趣味です。」

 

 やはり、本音を言った。でも、キリスの扱い方は他にもある。

 

「頭のいいあなたなら、生徒の1人や2人や3人や4人くらい鍛えながらでもできますでしょう?」

 

「頭のいい……」

 

「あなたのその戦略、戦術、知識量、回転の速さには何度も助けられたわ。ぜひ、それを生かして、研究の片手間に生徒を鍛えてくれない?」

 

「お任せください! この命に変えても全うして見せます。」 

 

 うん。我れながら我が弟子はチョロい。扱いやすくて助かるけどね。

 

生徒一同:「(チョロ……)」

 

「チョロ。」

 

「うるさいぞ、ユリアス。」

 

「さて、ヒーデは?」

 

 いつのまにか、ブルーシートを敷き、可愛いクマの人形を取り出して、その腹に寝そべり、寛いでいたヒーデに声をかけた。いつのまにか取り出したのかしらね。

 

「どうせ、あの手この手でやらざるを得ないようにするんでしょー……? やりますよ……はぁ、子供嫌いなんだよねー……」

 

「(ぬいぐるみの上でくつろいでる子供(見た目だけ)が子供嫌いを発言するのはシュールだな。)」

 

 とか、生徒たちは思ってそうね。私も思うけど。

 

「よくわかってるじゃない。」

 

「いや、今までの流れ的にね、察するよね。俺だってルイさんのお世話になった数は数え切れないしね。」

 

「私、素直な子は好きよ。」

 

「上手くできたら美味しいお菓子ちょうだいねー?」

 

「もちろん。」

 

「じゃ、頑張るよ。」

 

「ありがとう。」

 

 さて、これで全員からの確約が貰えた(一人だけ頷いてすらいないけど)。一安心一安心。あとは、どの生徒を誰につけるのかを考えなくてはならない。期限は私の力が戻るまで。

 

 

 

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