第11話 告白
◇
「グレナ、本格的な修行の前に一つ言っておくね。」
「え?」
エレナ以外の8人が、私の力を取り戻すために奔走してる間、私はいつも通り生徒たちを鍛えていた。はずだった。キリスたち十傑に誰を鍛えさせるのか、学園に与えられた自分の部屋で考えていた時だった。シドニスが私の部屋に来て、話があるからと屋上に連れ出された。外は、夕陽に照らされて、空は赤と青と黒のグラデーションに染まっていて、夜の訪れを感じさせた。よく夕日が見えるいい場所だから私は気に入っている場所の一つだ。綺麗だなと思っていたところで、シドニスの冒頭の言葉だった。
「察してるとは思うけど、ちゃんと言っておく。俺、グレナのことが好きだ。」
「うぇ、、あ、いや、その……」
私の目をまっすぐに見つめて、真剣な顔でいうから、何事かと思った。いつもだったら、ふざけた軽口の応酬の間に挟んできて私は流していたからこんな顔で告げられたのは初めてだった。
「今は生徒と教師の関係だし、迷惑かけてるのはわかってる。それでも、言わないままなのは嫌だったから。」
「そういうの、死亡フラグって言うんだけど?」
いつの時代でも変わることはない。それは、死亡フラグだ。その決意をして死なないのは主人公だけ。
「俺、死ぬつもりないから、大丈夫。」
「いやいやいや、誰も死ぬつもりで告白なんかしないでしょ。」
「だってグレナが鍛えてくれるんでしょ? グレナじゃなくても、グレナと同等のあの人たちが。」
た、確かにそうだけど、私たちですら油断していれば魔族に殺されるし、魔族が前のまま、な訳がないと思うから、今回も誰一人欠けることなくなんてのは期待していない。そうならないために鍛えてるけど、理想通りにいかないのが現実。というか、前提として私たちだけが強くても、今のこの王国のレベルじゃ、終焉を迎えるだけだけど。
あー、でも、そうならないために私たちが出しゃばらなきゃならなくなったんだった。
「それはそうだけど………貴方だけは、私が鍛えるのは強制よ。」
「あれ、そうなの?」
「私が他の人を支持しろって言っても私じゃないからって断るんでしょ?」
「よくわかってるね。」
「まぁ……あなたが一番熱心に私の話を聞いてくれるし……」
嘘は言ってない。これも本音の一部ってだけで。才能も、人柄も、最も気に入ったシドニスだけは、私自身で磨きたいと思ったからと、貴方なら私の本当の力を見ても怖れないんじゃないかって思ったから。
「間違ってはいないけどね。あと、俺は、グレナ以外とは結婚する気ないよ。」
話逸らそうとしたのがバレたらしい。軌道修正されてしまった。でも、それはいいとして、聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
「は?! ちょ、王族でしょ?!」
貴族は、家の利益のために、婚約相手は慎重に選ばれる。自由な結婚ができるのは一握りだけ。私だって元貴族だから、そのしがらみは理解できる。王族ともなればなおのこと厳しいはずだ。
「やっぱり、血筋が引っかかる?」
シドニスが瞳に不安そうな色を灯した。あいつらと違うって知ってるし、そんなこと思ってなかった。
「んなわけないわ! そうじゃなくて、シドニスならよりどりみどりでしょってこと。そうじゃなくても、王族として決められた相手と結婚、とかさ。」
シドニスは、結構顔がいいし、Sクラスの生徒以外の人の前では猫被ってるからモテやすい。被ってなくてもモテるだろうけど、Sクラスの子達は大体、シドニスの意思を尊重してるのか、アプローチする人はいないし、むしろ私が口説かれてるのを助けずに微笑んで見てるからな。
王子妃とかに王族と縁続きになれるのに…さすがに肩書目当てだったらシドニスは選ばないと思うし、そんな子はクラスにいないけど…でも、ほかの令嬢は違う。
あー、嫌だ。私以外の女が隣にいて、私は簡単には近づけなくなる。こんなふうに肩を並べて空を見上げることもできない。そんなのは……
「寂しい?」
「へ?」
「そう思ってくれた時、俺の気持ちに答えてよ。いつまでも待ってるからさ。」
「本気?」
「本気も本気。学園を卒業したら臣籍降下して、魔法師団か冒険者ギルドに身を置くつもり。」
「は?! それって、」
「王族籍から抜くんだ。そうすればグレナと結婚できるし、できなくても他の女と結婚しなくて済む!」
「陛下には?」
「もう言ってある!」
ドヤ顔でサムズアップしないでほしい…
「あなたねぇ……」
呆れた……既に根回しをしたらしい……私が応えるかは問題じゃないのね。
「よくそんなわがままが通ったわね……」
臣籍降下は大きく分けて三つ意味がある。一つは、どこかの家に嫁ぎ、臣下の籍に降りること。だいたいこれ。二つ目は、王族として致命的な問題を犯したこと。例えば、学園で好き放題やりまくり、婚約者以外の女に懸想した挙句、婚約者を公の場で冤罪をふっかけたり、ね。これは実際にあった一例だけど、それ以外にもある。
そして、三つ目は、大体は自ら申し出ること。様々な事情、例えば生まれつき子供を作れない体とか、事故や暗殺などの類、なんらかの後遺症とかでそういう体になってしまったとか……男が好きで女を抱けないとか……人によっては王位継承争いから逃げるとか(この場合は王族籍から抜くのではなく、王位継承権を放棄するのが基本ではあるので臣籍降下はあまりない)……
一つ目と二つ目はいいとして、三つ目の理由は、色々な憶測が行き交ってしまい、貴族の格好の的になりやすい。
これをシドニスに当てはめた場合、三つ目になるわけだから、理由を公表しないとまずいことになる……だけど、馬鹿正直に私以外と結婚する気はないとか言えば、王族としての責務を放棄するとかふざけるなと言われかねないし……それをまともな思考を持った国王ならば許容するわけがない……
「大丈夫だよ。俺は昔から王位には興味はないし、王位争いが起きないように立ち回っていた。俺の能力を高く評価してくれているからこそ、兄上たちの補佐に回ることには大賛成してたし、兄上たちも納得してくれていた。代わりに兄上たちは俺に申し訳なさそうにしてたけどね。」
そういえば、アメリア王国の王子たちは全員仲がいいと聞く。国王が王妃しか娶っていないことと、第二王子以下の王子全員が王太子を支持していると公表しているというのが大きな要因である。王族としてはなんとも割り切った発言をしている。煩わしい貴族たちには権力を与えていないため、派閥争いも起きにくい、と。ここまで綺麗に国が成り立っているのも珍しい。あとで調べてみるのも面白そうだ。
と、それはどうでもいいとして。
「それを利用したってことね?」
「そうともいう。」
「全く、強かなんだから。」
「でも、これくらいはやらないと、グレナと結婚する男には相応しくないよ。……さて、そろそろ中に入ろう。体を冷やしてしまう。」
シドニスが背中を向けて立ち去ろうとした。何故かわからないけど、この背中を引き止めないと後悔する気がした。
「シド。」
「え、今……」
私が今の今まで、どんなに請われても愛称を呼ぶことはしなかった。なのに、呼んだ。シドニスは驚きで勢いよく振り向くと、驚愕で目をまんまるに見開いていた。
「私の質問に、嘘偽りなく答えてほしい。」
「え、うん。なに?」
私がいつになく真剣な顔をしていたからか、シドニスも表情を引き締めた。
「私の正確な年齢は、長期間異界に閉じ込められたことでかなり狂っているけど、おそらく、600歳は超えてる。」
「うん。」
「私は、不老魔術のせいでこんな見た目だけど、あなたから見たらおばあちゃんなの。」
「そうかもしれない。」
「あなたは、不老魔術をかけたものと一緒に過ごしたことはないでしょう? それがどんなものなのか、わかってないと思う。」
「どういうこと?」
今はまだいいと思う。15歳の少女と、16歳の少年。見た目だけなら、釣り合ってる。でも、20年経ったら?変わらない15歳の少女と、36歳の男。歳の差がある家族の夫婦もあるけど、20歳以上も離れるともはや親と子ほど離れてる。あまりないし、シドニスが46になったら?50代、60代、70、80…どう足掻いても、孫としか思われなくなる。きっとシドニスは、私を妻として紹介なんてできない。そんなことをしたら、シドニスは好奇の目にさらされる。
「私は、この見た目のまま、姿形が変わることがないの。あなたと一緒の時間を過ごせないのよ?」
「そんなの百も承知だよ。」
本当に、そう思ってるの? 経験してないだけじゃないの?私は……
「あなたがおじいちゃんになっても、私はこの見た目なのよ? そんな私を妻だと紹介すれば白い目で見られてしまう。そんなの、私は嫌よ。」
シドニスにそんな目を向けられる原因が私なんて、死んでも嫌だ。
「……なら、俺に不老魔術かければいいじゃん?」
「は?」
シドニスのその言葉に、私は呆気に取られた。確かに、不老魔術をかけることは禁止されていない。禁止されるほど、私たちが広めてないからだ。昔はどうだったかわからないけど、今の魔術水準じゃ、人間の寿命で不老魔術の理論なんて辿りつけない。だから、不老魔術は十傑のみしか使えないと言われていて、本人たちは不老魔術を熟知しているから、他人にかけようとしない。私だって、かけようとは思わない。だって、十傑以外の子達以外、全員と等しく別れが来るのだ。私よりずっと後に生まれた子達があっという間にいなくなる。それを、ずっと繰り返すんだ。私はもう、十傑の子達しかいないから、殺されない限りあの子たちと別れることはない。でも、シドニスは違う。今を生きる子供だ。私たちのような思いはしてほしくない。
「グレナは確かに、15歳くらいに見える。だけどさ、今俺に不老魔術をかければ16歳のまま変わらないだろ? 見た目のチグハグなんてない。あとさ、貴族なら歳の差はあって当たり前でしょ?? 昔は40歳差なんてあったらしいしね。」
「ちょ、それこそ本気で言ってるの?!」
「冗談じゃないよ。俺は本気だ。不老魔術をかけるぐらいで、グレナの心が手に入るなら安いものだよ。」
シドニスの射抜くような眼差しに吸い込まれるんじゃないかって錯覚した。それほど、目を離せなかった。本当に心の底から、私を思っているらしい。
私はこの目を知ってる。アズラエル様が、私たちが主君としてお慕いし全力でお仕えしたあの方が、何かを覚悟した時の目と同じだ。私の目の前にいる男の子は、アズラエル様によく似ている。この目をしたアズラエル様を止めるのは臣下一同不可能だった。つまり、何人たりとも、この子の気持ちを変えることなんて不可能ということだ。
一つ、ため息を落とした。
「そんな覚悟した目で、そんなこと言われたら、私じゃ止められないじゃない。」
「じゃあ、」
「仕方ないわねぇ、あなたのものになってあげる。返品不可だけど、それでも、」
「いいに決まってる!!」
「うわ、ちょっと、シドニス?!」
私の言葉を勢いよく遮って、抱きついてきた。力強い腕が背中と腰に周り、力強く抱きしめられる。今まで子供だ子供だと思っていた。いや、思おうとしてきた。だけど、それが嘘のように私はこの子から男を感じた。
「シドって呼んでよ。」
思っていた以上に近くからシドニスの低い声が聞こえて、心臓が跳ねた。耳元に心臓があって、それがシドニスに聞こえるんじゃないかって思った。
「、し、シド?」
「うん。グレナ……ありがとう。嬉しいよ。」
嬉しそうな声を滲ませて、お礼を言い抱きしめ続ける。こういう時、抱きしめ返すものだと、恋愛小説にはあった。恐る恐るシドニス、シドの背中に手を回したら、さらに抱きしめられた。これで正解らしい。ドキドキと心臓の音が重なって……重なって?? シドの胸に耳を当てると、普段の倍ぐらい早そうな鼓動が聞こえてきた。
「シド、心臓の音、早い。」
「そりゃあ、好きな人に受け入れてもらえたんだから、ドキドキぐらいするって。」
苦笑したように言われた。それもそうかと納得した。その時、
「こほん。」
女性の態とらしい咳払いが聞こえてきて、シドの胸から思いっきり離れた。我ながら猫だなって思う。
「とてもいい雰囲気のところをお邪魔してしまうのは心苦しいのですが、失礼いたしますわね。」
声の主、私の妹であるエレナが、どこからか出現していた。
「理事長〜、俺としてはもう少しあとでもよかったんですけどね。」
「それは申し訳ありませんわね。あとでご存分に堪能してくださいませ。」
「え、エレナ?! なんてことを!! というか、い、いい、いつから?!」
「お姉様が、心っ底、嬉しそぉーに、殿下にあなたのものになってあげると言ったところからですわ。」
「うわーあーあー!!!」
まさか私が、他人の気配を察知できなかったなんて……特殊部隊に入ってからはあり得なかったのに……
「それだけ、殿下に身を預けていたということでしょう?」
たった今心の中で考えていたことの返事かのように、エレナが言った。
「な、ななななん、」
「お姉様が思ってることなんてお見通しですわ。それより、」
「それより?!」
「準備が整いました、と。そのご連絡をしにきましたの。」
その言葉に、シドもなんのことがわかったようで空気が変化した。
「そう。わかったわ。」
「今すぐに?」
「えぇ。私の封印を解かれなければ、生徒たちの訓練が始められないもの。」
「それもそうですわね。それではそのように準備いたしますわ。殿下。あなたはどういたしますか?」
「え? 何がですか?」
「お姉様の封印を解くのをご覧になりますか? わたくしとしては、綺麗ですのでお勧めいたしますわ。」
綺麗、だったっけ? まぁ、居て困るようなものじゃないから私としてはどっちでもいいけど。
「邪魔になりませんか?」
「そんなことあり得ませんわ。今のあなた程度でわたくしたちを害せるほどの実力はございませんし、何より殿下は信用していますから。」
褒めてるのか貶してるのか、よくわからない。
「微妙に複雑だけど、それに甘えようかな。」
「はい。では明日の放課後、またお迎えにあがりますわ。殿下も明日は王宮に帰れないと連絡しといてくださいませね。」
「わかりました。」
「それでは、失礼いたしますわ。」
そう言ってエレナはまた消えた。転移魔法でどこかに行ったんだろう。
「本当、神出鬼没だなぁ……」
「能力の無駄遣いよ。あれは。まぁ、それはいいとして。シド、明日の放課後は私の研究室集合ね。二泊程度泊まれる準備だけはしといてね。」
「え? 泊まる??」
「ちょっと遠出するからね。よろしく。」
「え?なんて??」
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