第7話 襲来

 ◇


「……あなた達は誰? と、聞いたところで答えてはくれないのでしょうね。」

 

「分かってんじゃねぇか、グレナ・ルシエン先生さんよぉ。」

 

「何が目的なの?」

 

「それをお前に言う義理はねぇなぁ。」

 

「そう。」

 

 私は今、学園に向かう途中、城下町の大通りにある噴水広場にて得体の知れない男達に囲まれていた。学園のお昼休憩の時間に、アリサにパンケーキが美味しいお店を教えてもらって暇ができたから行ってみたのだ。しかし、学園に戻る途中、こうして見知らぬ黒ずくめの男どもに囲まれていた。恨みを買うような生活はしてなかったはずなのになぜなのか。

 

 

___________________________________________


 同時刻:Sクラスの教室


 

「殿下、先生遅いですね。」

 

「何かあったのかな……?」

 

「あったとしても、俺はグレナが負けるとは思えない。」 

 

「えぇ。そう思います。しかし、遅いのは事実ですよ?」 

 

「まさか、パンケーキに夢中、なんてことはない、よね?」

 

「わかりません。」

 

 アリサとシドニスが会話しているその時。突如として、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「あ、もう! 先生、遅いじゃないで、……」

 

 入ってきたのは、我らが担任のグレナ先生。ではなく、見知らぬ黒ずくめの男二人だった。どういうことかと戸惑う雰囲気が流れた。

 

「グレナの代理、というわけではなさそうだな。一体誰ですか。ここは学園の中、部外者は立ち入り禁止のはずです。」

 

「んなことはどうだっていいだろ。それより……へぇ、あんたが第五王子殿下か?」

 

「そうですが、何か?」

 

「どうやら、バカじゃないらしい……いいねぇ、冷静に状況を分析する頭、俺たちを警戒するその目……俺たちのためになってくれそうだ。」 

 

「貴様ら、何が言いたい!」

 

「テメェらに用はねぇよ。引っ込んでろ。」

 

 おそらく敵であろう男の一人が生徒に向かって指先を突きつけた。何かくると思った瞬間にバンと鈍い音が2回なった。それは生徒の頬を掠めて、教室の後ろの壁にめり込んだ。小さめの穴だった。威力が高い攻撃と大きな音で教室に悲鳴がこだました。

 

「「きゃぁぁぁ!!」」

 

 何が起きたのかわからない生徒達は、パニック、には、かろうじてならなかったが、恐怖に震える生徒が多い。でも、叫び出して走り出さないあたり、グレナの教えがよく叩き込まれているとも言える。相手が見境なしに攻撃してくるならば、防御魔法を展開して、数人で集まって逃げること。相手が見境なしに攻撃するわけではないなら、冷静に状況を分析して、相手の隙をついて全力で逃げろ。決してパニックになるな、と。

 考えろ。相手の目的、人数、戦術、実力さ、足りない情報を補え、隙をみつけろ。

 

「俺に用があるんじゃないのか?」

 

「……はは、やっぱりいいねぇ。頭のいい奴ってのは。あぁ、そうさ。第五王子殿下、お前にしか用はねぇよ。俺たちと一緒に来てもらおうか。」

 

「何が目的だ。」 

 

「……隣国、と言えばわかるか?」

 

「っ、アメリア王国とオーレン王国を戦争させるためか?!」

 

 今、その二国間は、ギリギリの状態で戦争は免れている。オーレン王国は、自国で魔道具を動かすための魔石を掘り尽くしてしまった。そのため、アメリア王国にある魔石が取れる鉱山と、他国から輸入ができる海路を求めて、支配下におこうとしている。しかし、それは免れている。理由は、魔物の活性化の影響だ。これがなければ、今現在、多くの民の命が失われているだろう。アメリア王国には一切悲は無いのだが、欲深いオーレン王国の王の命令で戦争を起こそうとしている。というのは、かなり有名な話だ。

 

「ご名答……さすが王子様。」

 

「お前らはオーレン王国の間者、ということでいいのか?」 

 

「ひひ、さて、来てもらおうか。」

 

 肯定も否定もしない、か。

 

「断る。と言ったら?」

 

「ここの生徒全員皆殺しにする。」

 

 やはり、か。あの、よくわからない高威力の魔法を考えると俺に勝ち目はない。生徒に犠牲を出さないためには、こいつらについていくしか、選択肢はない。途中で逃げられても、おそらく死ぬだろう。

 

「ついていく前に、一つ。グレナはどこだ。グレナが時間通りにこないということは、お前らが何かしたのだろう。」

 

「本当、頭がいいねぇ。そうさ。今頃俺らの仲間がやっちまってるだろうよ。」

 

「な、嘘よ! グレナ先生がそんな簡単にっ!」

 

「シズニエル! やめろ……お前が殺されるだけだ。」

 

 アリサが叫び出したことで、俺と会話してない方の男がアリサを見た。俺が止めなければ、すぐにでも殺されていただろう。手を出さなければ命までは取らない、というような甘い相手ではないだろう。

 

「っ、殿下……」

 

「分かった。一つだけ約束してくれ。グレナに一目合わせてくれ。」

 

「死体でもいいならなぁ。」

 

「……っ、分かった。」 

 

「「殿下?!」」

 

「みんな、俺のことは見捨てろ。いいな。」

 

「でも……」

 

「いいな。」 

 

「っ、」

 

 アリサが俺を止めようとするが、俺の覚悟した顔をみて、止めるのは無理だと悟り、唇を噛み締めた。返事はなかったが、それ以上は何も言わないつもりなのだろう。それでいい。これ以上、俺のせいでみんなが死ぬことはない。

 

「いい殿下だなぁ? 尊敬するぜ。俺は他人を守るとかいう崇高なことは出来ねぇからなぁ?」

 

 俺をバカにしたような顔だった。俺は、目の前にいる仲間を見殺しにすることができない。そのせいで王国の民に戦争を強いてしまうかもしれない。どちらをとっても、俺には地獄でしかない。

 でも、俺は、どうしても、この手段を取りたい。だって、俺は知ってる。

 

「あらあら。ここにもお客さん? 今日は随分と嬉しいサプライズが多いのね?」

 

 ほらな。やっぱり来た。

 

「グレナ。大遅刻だよ?」

 

 教室の空いていた窓の際に座って、鈴を転がしたような綺麗な弾んだ声の主にいう。

 

「ごめんなさいねぇ。私にもサプライズゲストが来るなんて知ってたらもう少し早くカフェを出たわよ。」

 

 楽しそうな声で、床に降り立つのは、天使かと見紛うほどの美少女、Sクラスの担任であるグレナ・ルシエンだった。

 

「な、てめぇ! 俺らの仲間はどうした?!」

 

 俺と会話をしていた男が吠えた。もう一人の男も警戒心を抱いたようだ。

 

「変なことを言うのね。ぶちのめしたに決まってるじゃない。」

 

 まるで、恋した相手と会話してるかのような恍惚とした顔で物騒なことを言う。

 

「第五階梯ごときに第三階梯がやられただと?!」

 

「あの程度で第三階梯?? 落ちたものねぇ……」

 

 頭が痛いと言うかのようにグレナは額に手を当てて項垂れると、バカにされたと思ったのか敵の男が声を荒げる。

 

「あぁ?!」 

 

「いい? 第三階梯というのは、このレベルの魔法を使えて当たり前なのよ。」

 

 グレナの言葉を合図に、ライムラグなく発生したのは炎の柵のようなもので、敵を囲ってじわじわと追い詰める魔法、炎の舞踏台だった。

 

「な、そ、それは、炎熱系最強魔法、炎の舞踏台フィアンマ・サークル?! それも無詠唱だと?!」


 魔術にはランクがある。上級魔術ともなると、その言葉にこそ意味を持つようになる。例えば、フィアンマ・サークルは炎の舞踏台とも呼ばれ、炎で柵を作り敵を逃さないようにする。中にいるものと外にいるものは隔絶されて、まるで演者のために用意された舞踏台かのように見えることから名付けられた。

 

「この程度の魔法の詠唱破棄すらできないなんて……呆れてものも言えないわねぇ……いっそ、学園生からやり直したらどう? いえ、赤子からやり直してらっしゃいな。」

 

「て、めぇっ!! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 炎の舞踏台によって閉じ込められた男が吠えると同時にもう一人、閉じ込められなかった男が動き出した。水の魔法、ウォーターを発動させて炎の舞踏台を消した。

 一瞬で水浸しになったが、構うことなく男達二人はグレナに迫る。

 

「……ここの掃除を誰がしてると思ってんのよ、さっ!」

 

 迫ってきた男に一瞬で懐に入り、顎を蹴り上げた。片足を上げた状態のグレナにもう一人の男も迫る。それを分かっていたのか、グレナは体を逸らして両手で床に手をつき、もう片方の足を蹴り上げて、男が持っていたナイフを弾いた。逆立ちになったことでグレナの膝下丈のロングスカートが思いっきり捲れて、下着と綺麗な太腿が見えているのだが、本人はどこ吹く風のようだ……

 

 ナイフを弾かれた男は一瞬狼狽えるが、すぐに距離を取り、一番近くにいる生徒に指先を抜けた。さっきの男と同じことをするのかと思ったが、魔法は不発に終わった。何が起きたのかわからないのは男も俺たち生徒も同じ。しかし、一人だけこの状況を作り出した人物は予想できる。

 

「全く……私が魔法無効領域マジックキャンセルを作ったとは思わなかったのかしら……」 

 

 魔法無効領域…上級結界魔術の一つで、これに囚われたものは、その領域で魔術は使えなくなる。それに例外はなく、自分自身ですら使えなくなるため、魔術師同士の戦いではあまり使われず、魔術師が兵士に使っても逆に自分が弱体化して意味がないため、廃れた魔術だ。今の時代、魔術師は魔術師として、魔術の才能がないものは近接戦闘技術を学ぶ兵士になるのが常識。

 

 だが、優秀な魔術師に、近接戦闘の技術があるならば。


 グレナの正体を知ってればそれを使わない手はないし、できないわけはないと思うだろう。俺は今でこそ、そこまで驚いてないが、前なら驚いていただろうな。

 

「な、魔法無効領域だと?! 今では賢者すら使えるものはほとんどいないと言うの、に……ん? 貴様、ルシエンとか言ったか?」

 

「えぇ、そうよ。」

 

「この学園の理事長、エレナーデ・ルシエンの親戚か?」

 

「……姉よ。」

 

「まさか、貴様、ルイグぅ、っはっ、」

 

 一瞬にしてグレナが距離を縮めて、男の腹部、鳩尾を殴った。強烈な一撃に、男は壁までぶっ飛んだ。

 

「それ以上言えば、私はあなたを殺さなくちゃいけなくなる。」

 

 さっきとはまるで違う、殺気を込めた眼差しに、向けられてない俺たちは震えた。

 

「ふぅ……さて、お掃除しなくっちゃ。」

 

「ま、待てよ……まだ、終わって……ねぇ。」

 

 グレナに最初に蹴り飛ばされた男が起き上がってきた。フラフラだから、脳震盪を起こしてるんだろう。

 

「俺たちは、第五王子さえ殺せればそれでいいんだよ!!!」

 

 俺に向かってナイフを投げる。が、何かに阻まれて床に落ちた。

 

「私が生徒を危険な目に合わせるこんな場所で戦闘を続行するわけないでしょ? 最初に生徒の周りに物理結界フィジカル・ガードを生徒の周りに張り巡らせていたわよ。」


 物理結界も、同じく上級結界魔術の一つ。その名の通り、物理攻撃を弾くものだ。

 

「ちっ、これほどなのかよ……十傑ってのはよ……手も足もでねぇ、赤子も同然だ、ぜ………でもよぉ、俺らは、時間稼ぎが目的なんだわ。一番の危険人物である、エレナーデ・ルシエンはここに転移できず、お前は、俺ら諸共、可愛い生徒と一緒に死ぬんだぜ。」

 

「はぁ……私が何も対策してないと思ってるなんてね……知ってるわよ。この学園の東塔の中に、自爆魔法ディストロジオーネを設置してたことなんてね。」

 

「ディストロジオーネ?! それって、一顧師団が時間をかけてやっと行使できる大規模爆発魔法じゃないですか! そんなもの、どうやって……」

 

 前時代だったら、一人で敵陣ど真ん中に設置して発動させる魔法だったらしい。しかし、今ではその魔力量、技術が失われ、一顧師団が自分や見方もろとも自爆して相手に打撃を与える目的で使用されるものになっている。はずだ。

 

「え……今だとそんなことになってるの?」 

 

「え?」 

 

「あんなもの、賢者だったら誰にでもでき、る……あれ、もしかして、今じゃできないの?」

 

「できませんよ?!」 

 

「あちゃー、まじかーー……なんかごめん。」

 

 グレナが額に手を当てて天井を仰いだ。やっちまったって言いたげだ。

 

「「「「????」」」」 

 

「10秒で解除しちゃった! テヘッ!」


グレナが下をぺろっと出して、いっけねって顔をした。規格外にも程がある…

 

 ・・・・・・・・・・

 

「「「「はぁぁぁぁぁ?!!」」」」

 

 俺以外の生徒と、敵の男二人の声が教室に響くも、気にしたそぶりを見せずに行った。

 

「これでも昔はコンマ1秒以内でできたんだけどねぇ。鈍ったものねぇ。」

 

「は、はは、は……もう、規格外ですわ……」

 

 アリサが椅子の背もたれに寄りかかり、淑女らしからぬ乾いた笑みを浮かべた。

 

「グレナは本当に強くて可愛いねぇ。」

 

「殿下……そう言えば、始終ずっと冷静でしたね……」

 

 俺の側近でもあり、クラスメイトのイズリアルト・ミスリーが恨めしげに睨んでくる。

 

「なんとなくだけど、グレナならどうにかしてくれると思ってたんだよね。実際どうにかしてくれたしね。」

 

「本当、グレナ先生への信頼度は高いですねぇ……」

 

「私としては、イズリアルトの方が信頼度は高いと思うけど。」

 

 男二人を素っ裸にして、(男の象徴は見えないように魔法で作ったらしき花を添えて見えないようにしている)魔法の縄で亀甲縛りで縛り上げている。

 

「まぁ、好きな人を信じないわけはないよね。」

 

「愛の力ですか……そうですか……」

 

 イズリアルトの呆れた声を聞き流していると、グレナがちょうど男の拘束を終わらせたみたいだ。

 

「ふぅ、終わった。」

 

「グレナって意外とサディストだよね。」 

 

「失礼な! 純粋に逃げないようにきつく縛り上げてるだけだもん!」

 

「なら、亀甲縛りじゃなくてもいいんじゃない?」

 

「そこは、ほら。遊び心。」

 

「本当、ぶっ飛んでやがるぜ……十傑のかし、へぶっ!」

 

 何かを言いかけた男の顔面を蹴り上げて鼻をへし曲げた。

 

「それ以上口を開くと、その汚らしいブツをぶった斬る。」

 

「容赦ないですね……」

 

「え、そう? こんなもの、昔に比べたらまだマシ……ごほん。これ以上は聞かないでね。」 

 

「「「(まだマシってことは、前の方がやばかったんだ……)」」」

 

「怖いなぁ、グレナは。」

 

「なんのことかしらねぇ。……あ、やっと出たわね、エレナ!!!」

 

 突然、耳元のピアスに手を触れて理事長の名前を叫んだ。

 

『申し訳ありませんわぁぁぁ……まさか、わたくしの結界に、ぐす、細工をされて、あまつさえ、ひっく、それに気づかない、なんてぇぇぇ……一生の不覚ですのぉぉぉ……人生の汚点ですわァァァァ……』

 

 大音量で流れてきたのは、理事長の泣き声だった。

 

「はいはい、泣かない泣かない。」

 

『しかも、グス、わたくしの治めてる学園に、侵入した賊を、グス、お姉様に対処させていただくなんて……ぐす、恥ですわ……ひっく、……』

 

「確かに理事長としては、ダメだったかもしれないわ。でも、エレナだって人間よ。完璧に近いことはできても、完璧にはできないわ。あなたはよくやってる。今までが順調すぎたのよ。私がきたことで少しくらい気が緩んだって仕方ないわ、ね??」

 

「でも、グス、お姉様なら、ひっく、こんなこと、予見できていたと思いますの。」

 

「私と同じことをしようと思わなくていいのよ。全盛期の私であろうと、ロストマジックの再現なんてできない。エレナだからできたんだよ? 私はあなたに教わったからできるようになっただけなの。」

 

「でもぉぉ……」

 

「自信持って、ね?」

 

「次は、グス、対処できないようにしてやりますの。」

 

「その調子その調子。」

 

「こうなったら、10分ごとに結界の構造を作り変えるようにしてやりますわ!」

 

「おーおーすごいこと考えるなぁ。」

 

「善は急げですの!! 今すぐ開発してやりますの!」

 

「頑張ってね。」

 

「はいですの! あの……お姉様……」

 

「なぁに?」

 

「学園のこと、ありがとうございました。お姉様がいてくれて、助かりましたわ。」

 

「妹の大事な学園なのだから、私だって全力で守るわ。だから、お礼はいらないのだけど、気持ちだけ受け取っておくわ。」

 

「はい!」

 

「さて、と。あなたたちには……「う、ぐぅ、あああああ!!」

 

 理事長との通話を切ると、グレナが男たちに振り向いた。何かを言おうとした瞬間、二人の男が苦しみ出した。

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