第5話 過去を知り…

 

 

 どういうことだ? 俺たちの先祖がグレナを異界に閉じ込めた?

 

 

 

 

 

 数分前。俺はグレナに聞きたいことがあって探していた。やっと見つけたと思って、声をかけようとしたら理事長が現れて、俺は何故か隠れてしまった。理事長は少し苦手だった。笑顔を向けられてはいるが、瞳にはモヤッとした何かが見え隠れしていた。俺を通して誰かを見ていたのには気づいた。俺の背後にある王族の肩書きに寄ってくる奴らよりはマシではあったが。

 

 グレナには近況報告を聞いているようだった。ごく普通の姉妹の会話に聞こえていたのだが、途端に、理事長の声に不安が灯った。そして、その回答の中には、王族を憎むような発言があった。

 

「憎みすらしているあいつらの末裔である王族を、シドニスを鍛えることだってするわ」

 

 そう言っていた。

 

「魔族を滅ぼした後に、お姉さまが迫害されてもですか?」

 

 グレナの正体。頑なで全くわからなかったけど、わかった気がする。そして、それを俺たち王族が知らないのは、彼女たちが隠していたから。彼女たちの実力なら、隠れることも隠すことも造作もない。

 

 

 

 俺は、グレナと初めて会った時、その容姿に見惚れた。だけど、それで恋に落ちるかは別問題。一応迷子だったので優しくしたけど、第五王子のことを知らなさそうだった。実際遠回しに聞いて見たところ、知らないことが判明した。

 

 俺を知らないグレナに興味を持った。

 

 俺たちのクラスの担当だと知って、ラッキーだと思った。グレナを知る機会は十分に作れると。実際、グレナ自身のことはかなり多く知れた。見た目の割には大人びている|(後に不老魔術をかけたと知った)し、甘いものと魔術が好きで、とても詳しく強い女性だった。俺はそんなグレナにいつの間にか惚れていた。あっという間だった。

 

 別に不老魔術をかけた人と結婚できないっていうルールはないし、グレナはしがらみが嫌いだと言っていたから、結婚するためなら廃嫡されてもいいとすら思っていた。それぐらい、彼女の心も体も自分のものにしたいと思っていた。

 

 だけど、今日、それは崩れた。どう足掻いても、グレナは俺に惚れることはない。

 彼女をはめて陥れた奴らの血が入った俺のことなんて。絶対に、100%あり得ない。

 

「はは、まさか、失恋した理由が先祖を恨んでたとか、俺自身じゃない分、どうしようもねぇな……」

 

 俺のことを憎からず思ってるなら、彼女を惚れさせるためにどうにかしようとしただろう。実際アプローチしてたし。血筋じゃあ、俺には何もできない。

 

「でも、何をしたのかを知ることはできる。謝罪は……しない方がいいだろう。彼女の傷を俺自身が広げるだけだ。彼女を傷つけないためには、もうこれ以上、俺は必要以上に近づかない。」

 

「全く、最後まで聞いて行きなさいな。シドニス殿下。」

 

「うわぁっ、り、理事長?!」

 

 後ろから鈴をコロコロ転がしたような綺麗な声が聞こえて振り向くと理事長がいた。相変わらず神出鬼没だ。

 

「さっきの話、聞いていたのでしょう?」

 

「すみません、盗み聞きしてしまい……」

 

「別にいいですわ。わたくしも気になっていましたので、ついでですの。……殿下。あなた、そんなすぐにお姉様を諦めますの?」 

 

「ですが、俺は……」 

 

「全部教えて差し上げますわ。お姉様や私たちのことも。」

 

 理事長室まで連れて行かれて、全てを話してもらった。俺たち王族の先祖たち、グレナが20歳の時に魔物の活発化が問題視された。その10年後、人の姿に似た姿に、ツノと翼、肌の色が紫という人間とは思えない種族、後に魔族と呼ばれるものが確認された。魔族は身体能力も魔力量も多く、2人の魔術師でやっと一体を倒せるほどの強さだった。当時の強さで2人。今なら百人いても勝てるかどうか……っていうほどらしい。今の魔物で手一杯の状態では、魔族なんて相手にしていられない。

 それはどうでもいいとして、その戦いで最前線にいたのが、のちに十傑の魔術師と呼ばれる理事長たちだった。十傑は並の魔術師より飛び出た才能だったのだが、それよりも頭一つ分飛び出していたのがグレナだった。そして、他の九人を率いてまとめていたのもグレナだった。1番年上だったのもあるらしい。

 

 その戦いに勝利したのだが、数年後。

 グレナ以外の九人を騙す形で、グレナを異界に封印した。理由は、グレナが人類と敵対したらどうなる? だった。グレナ以外ならどうにかできるが、グレナだけはどう足掻いても抑えられなかった。しかし、処刑は無理だし、魔術道具でグレナの動きを封じても、グレナの魔力量ではすぐに壊される。それができるほどの知識と魔力量があった。それすらも恐る対象になり、封印という形に収まった。異界に封印するための大義名分をでっち上げてまで。

 グレナのことを知ってる九人の十傑は信じないだろうから、別の手段で騙して。

 

 そして、グレナを異界へと封印した。

 

「わたくしたちはそれを知らずに加担し、絶望しました。わたくしたちは本気で死ぬ手前だったのです。ですが、それを止めたのはお姉様でした。」

 

 どこにもいないのに、グレナの声が頭に響いてきて、貴方たちが死ぬことは許さない、と。

 

 

 

 

『あなた達を異界から見ていたけど、本当に騙されただけだったのね。ならば、死なないで。死ぬことは許さないわ。』

 

「でも、お姉様……わたくしたち、お姉様に……取り返しのつかない、ことを……死んで詫びねば、何を償いにすれば………」

 

『なら、あなたたちが元気に過ごして、私に何があったのか話してよ。いつもみたいに。あなたたちが死んだら私の話し相手には誰がなってくれるの?』

 

 

 

「と。王族への嫌悪はありましたが、わたくしたちにはいつものように優しい声で語りかけてくれました。それからの私たちは死に物狂いでしたわ。」

 

 数年後、異界への封印を解除したはいいものの、グレナは帰ることを拒否し、異界へと閉じこもった。説得しようにも、グレナ以外は異界への交信はできない。直接行くしかなかった。しかし、異界は時間の進みが早い。ただの人間が異界に入れば、一瞬で老いて死ぬことで有名だった。

 

 不老魔術は、グレナが15歳の時、魔術研究をしている間に偶然見つけたものだった。しかし、その書類を燃やすために動き出した直後転んでしまい、運悪く魔術が発動。不老の体となってしまった。本当にドジッただけらしい。

 すでに不老魔術を施していると知られていたグレナは異界では老いずに生きられる。

 グレナを説得するためには、九人が不老にならなくてはならない。そこで、全員で研究して、すぐに見つけることができたらしい。九人は自分に施して、異界からグレナを連れ戻すことに成功した。そして、その事実を隠すために、グレナは本名や魔力などを自ら封印して、ひっそりと山奥で生活していると、いつしかグレナの存在は十傑以外には忘れ去られた。グレナという名前も偽名らしい。

 十傑の魔術師、最後の1人の素性が全く明かされていないのは、彼らが文献全て燃やし尽くしたかららしい。しかし、個人の日記などが残っていたりするため、悪い噂もいい噂も混在するようになった、と。

 

「ここまでが、大体、わたくしたちの身に起こったことですわ。」

 

「そう、か。恨まれて当然だな。」


 視線を床へと落とすと、理事長の鋭い声が届き、俺は命を握られていると錯覚した。

 

「勘違いしないでくださいな。わたくしたちは、今の王族を恨んでいるわけではありませんわ。まぁ、あなたたち王族を通して誰かを見ていることは事実ですけれど。」


 理事長が肩をすくめて、どこか遠くに視線を向けた。

 

「でも、その血筋では?」

 

「血筋だけで見た場合、わたくしも、お姉様も元は王族の血筋ですわ。わたくしたちのひいお爺様が第三王子だったのですからね。」


 それは初耳だ。だけど、この姉妹が見せる仕草や姿勢の良さは、どこか品が感じられた。まるで上位家族のご令嬢であるかのように。だから、それも元貴族だと言われても納得はできる。その思考を見透かすかのように、理事長は俺の目を見た。


「わたくしたちは決して血筋で恨んでなどいません。思うところがあるだけで。もう一度聞きますわ、シドニス殿下。あなたは、血筋だけでお姉様を諦められるほど軽い気持ちでしたの? 簡単に諦められますの?」


 俺は、自分や大切な人を危険な目に合わせた奴には、それ相応に嫌悪を抱く。どんなに優秀で、できた人間だろうとも、認めることはできても好意的に捉えることは難しい。ましてや、恋愛感情を持つことなんて、尚更に。むしろ、恋愛感情を向けられたとして、俺は受け入れられるのか。正直に言えば全くわからない。グレナであれば許せてしまうかもしれないし、許せないかもしれない。それでも、俺は……

 

「……本当は諦めた方がいいんだろうけど、無理だ。」


 俺は、グレナに心底惚れている。こんな事実を知っても、恨まれてる可能性があるとわかってても、俺は、それでもいいと思ってしまった。恨みでも、俺に向けてくれるなら無関心よりはマシだと、そう思ってしまった。無関心だとしても、グレナへの思いを消すことなど到底できはしない。


「グレナが俺に振り向かない要因が、俺自身じゃないからこそ、添い遂げることは諦められても、気持ちだけは諦められない。」


 本当は俺がグレナを幸せにしたい。だけど、それが無理なのであれば、グレナを幸せにできるならば隣にいるのは俺じゃない男でもいい。グレナが心の底から幸せになってくれるなら、その相手を庇って死んだっていいとすら思う。グレナの笑顔が曇ることがあるなら、それを排除する。それぐらいなら俺でもできる。

 理事長は俺の言葉を噛み締めるかのように目を瞑る。そして、開かれた時、笑顔を浮かべた。俺がグレナに惚れた瞬間の、グレナの微笑んだ顔とそっくりな顔で。


「……そう。もし気持ちも諦められると肯定されたら、お姉様のことは諦めてというところでしたわ。あなたはあいつらとは違いますの。お姉さまを振り向かせられますわ。今はまだ可愛い生徒にしか思ってませんから、頑張ってくださいませ。」


 理事長は嬉しそうにしていた。が、次の瞬間痛いところをつかれてしまった。まぁ、それは事実なので、別にいい。

 

「痛いところをつきますね、理事長。」

 

「はっきり言ってあげることも、優しさのうちですわ。」

 

 この人と、グレナは本当に姉妹なんだと思った。

 

「同じこと、グレナにも言われました。」

 

「お姉様の受け売りですからね。当然ですわ。」

 

 それから、理事長の許可のもと、思う存分グレナを口説きに行った。

 教室でも人目があることを気にせずにするから、困った顔や赤くなった顔のグレナ先生や、逃げ惑った先生を追いかける珍しく必死なシドニス殿下が見られたとか。

 

 もはや、学園内の名物と化していたそうな。それを俺が知るのは、もう少し後の話。

 

 

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