第4話 正体


「お姉様。」

 

 学園の屋上で、空を見て黄昏ていると突然真横からエレナが現れた。進出鬼没の代表格で、私は慣れたものだ。

 

「エレナ。どうしたの?」

 

「お姉様の近況を聞きに、ですわ。どうですか?」

 

「教えるのは楽しいよ。けど……」

 

「魔術を知れば知るほど、わたくしたちの恐ろしさを実感するから、ですか?」

 

 私が言葉を切るとその続きをエレナが言葉にした。

 

「……隠し事はできないわね。」

 

「私はグレナお姉様のたった1人の家族ですわ。わかって当然ですの。」

 

「そうね。あなただけしか私の理解者はもういないのね。」

 

 私たちの家族はもうお互いだけ。何百年も前に生まれたのだから、両親は他界してるのは当たり前だ。

 

「……でも、お姉様、いつかお姉様のことをわかってくれる人がいると思いますの。今までは愚かな人類が」

 

「エレナ。それ以上はだめよ。」

 

 極めて優しく、エレナの言葉を遮ると、すぐに口を閉ざして落ち込んだ。

 

「……ごめんなさいですの……」

 

「ありがとう。心配してくれて。」

 

「それは当然のことです! ……あの、引き受けないほうがよかったと、後悔……なさっていますか?」

 

 恐々とした表情で私に問う。いつもは自信満々だが、私の前では子供のようになる。この子は私の前では妹になるのだ。

 

「バカね。そんなことないよ。今でもあいつらは嫌いだけど、人間全員が嫌いなわけじゃない。魔物の活発化は魔族が復活したということ。魔族の脅威に、私とは無関係の一般人が蹂躙されていい理由にはならない。それとこれとは話が別。だから、憎みすらしているあいつらの末裔である王族を、シドニスを鍛えることだってするわ。」

 

 私は昔。シドニスの、王族の先祖に罪を被せられた。魔族の脅威が去ったと同時に、当時の王族が私の強さを危険視した。私の矛先がいつか人類に向くのではないかと、恐れ冤罪をでっち上げた。殺しても私が魔術で延命されることはわかっていたから、異界に閉じ込めることだけで精一杯だった。私を殺せば、エレナや私と親しい人たちに対しての人質にもできないから、それが、それだけが妥当だったのだ。

 

「お姉様……やはり、わたくしは……」

 

 私と親しい人たちは、何も知らずにそれに手を貸してしまった。罪悪感に押しつぶされそうになり自殺寸前だったのを、私が見かねて異界から話しかけて止めたのだ。罪悪感なんてものは感じなくていいと。ほとんどの人は持ち直して、私を異界から密かに解放してチャラになった。みんな罪悪感を感じることはあっても引きずることは無くなったと思ったのだが、エレナはまだ引きずっているようだ。

 

「エレナ。そんなに自分を責めないで。あなたが頼まなかったら、いつか人類は滅ぶだけ。十傑の魔術師が総力をもってしても、魔族の軍勢を滅ぼすことはできないのだから。人類が生存してるうちに、魔族を滅ぼすほうが効率的よ。」

 

「魔族を滅ぼしたあとに、わたくしたちが、お姉さまが迫害されても、ですか?」

 

「えぇ。たとえ、あとで辛酸を飲まされて、罪に問われて、異界に閉じ込められても、ね。」

 

 また同じことになったら、おそらく今の王族を憎むだろうけど、憎むだけ。今のまま国民を守るのならば殺しはしない。寿命で死ぬ寸前に殺すかもしれないけど。私も結構物騒になったものだ。

 

「そうなったら、今度こそ、わたくしが人類を滅ぼしてしまいます……」

 

「しちゃだめよ? したら嫌いになっちゃうからね?」

 

 エレナは私のためなら平気で人を殺す残忍な一面を持ってる。普段は温厚だし、人格も問題はないんだけどね……私が許可を出せば速攻で殺してしまう。冗談でも許可してしまえば、人類はエレナの手で滅ぶことになる。それは避けなきゃいけない。私がエレナにそんなことしてほしくないから。

 

「またそうやってわたくしを止めるんですから。ねぇ、お姉様。なぜ、迫害されたのに、また人類を助けるのですか? 全人類を恨んでもおかしくありませんのに。」

 

「エレナがいたからよ。」

 

「え?」

 

「エレナだって不老魔術を施してはいても、人でしょ?」

 

「はい。老いはしないので老衰はしませんが、それ以外の死ぬ方法は普通の人と同じです。」

 

「私のことを好きでいてくれるあなたがいた。だから、無関係な人だけは恨まないことにしたの。そうじゃないとエレナのことまで恨むことになっちゃうからね。」

 

 これだけ私のことを心配してくれる、騙されただけのエレナを憎めないし、憎みたくはない。だから、何も知らない人間のことは助ける。

 

「お姉様はお優しいです。わたくしなら、そんな立派なこと、考えられませんわ。」

 

「立派じゃないよ。何百年たとうが、あいつらのことは憎いままだから。もうこの世界にいないってわかっていても、折り合いがつけられない。」

 

「わかっているからこそ、折り合いがつけられない、の間違いですわ。」

 

 死人に口なし。死なれたら、憎悪の行き場がない。今はその状態だった。

 

「そうともいう。シドニスもね? 私にとっては憎む対象じゃなくて、守る対象なの。あいつらの血が混じっていたとしてもね。」

 

「わかりました。そこまでいうのであれば、わたくしはもう何も言いませんし、気にしませんわ。」

 

 なぜ、エレナが、憎んでいる過去の王族の血族であるシドニスがいるのに、私を頼ったのか。

 頼める人が私と私と親しいあの子達なのだが、あの子達も、王族であるシドニスのことを毛嫌いしている。シドニス本人じゃなくて、シドニスの血筋をね。その血筋が嫌いすぎて断った。騙されたのだから当然だろう。当時の王族を恨んでいるからその子孫であるシドニスを助けるようなことはしたくないって個人的感情(私を貶めて封印したのは抜きにして考えてるはず)がある。そして、全員に断られたはずだ。エレナは1番私に頼りたくなかった。

 

 だけど、死ぬほど頼りたくない気持ちを殺してでも、私の手を借りたかった。そういう状況になってしまったのだ。魔族とはそれほどの脅威だから。

 でも、私はそれでよかった。エレナが頼ってくれて嬉しかったのだ。頼られたことがないからもあるけど、結局、私は姉バカなのだ。エレナが可愛くて仕方がない1人の姉だから、エレナを助けたかった。

 

 だから、これでよかったのだ。

 

 私は気づかなかった。この話を聞いている人がいたことに。

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