第2話 まさかの…


 

「はぁ……憂鬱だ……」

 

 私は今、妹に頼まれて学園に来ている。そして、迷子った。

 

「初日から迷子って洒落にならん。つか、この学園広すぎんでしょ?! 私悪くない!!!」

 

「迷子ですか?」

 

 後ろから突然、男の声が聞こえてきたので、振り向くと、これはこれは……ものすごく綺麗な顔の男がいた。タイプじゃないけど。制服を見るに一年生だろう。あと、所作に品があるから上位貴族だな。

 

「えぇ、まぁ。」 

 

「どちらへ行かれるのですか? よろしければ私がエスコートしても?」

 

 うわ、エスコートとか言ってるよ。紳士的すぎてちょっと胡散臭い。

 

「いいのですか? 一年生なのでは?」

 

「ご安心ください。学園の地図はすでに頭に入れてありますから、迷子の心配はありませんし、入学式まで時間もありますから。」

 

 この学園の地図を、一年生が初日にすでに頭に入れているとか、絶対頭いい人だ。

 

「では、職員室までお願いします。」

 

「喜んで。」

 

 んで、彼の腕に手を置いて、エスコートされながら職員室まで行った。私、いつから貴族のお嬢さんになったんだ? 私の記憶でははるか昔だけだ。

 

 お礼を言って彼と別れて職員室に入った。扉を開けると一斉に見られた。

 

「君は新入生かな? 制服は着ないとダメだよ。」

 

 近くの先生に注意されてしまった……やっぱりそう見られたか。

 

「私は学生ではないですよ。理事長から聞かされてませんか? 非常勤教師が来る、と。」

 

「確かに聞いてますが、理事長の姉だと伺ってますよ?」

 

「その姉が私です。」

 

「いやいや、ご冗だ、」

 

「お姉様!!! 来てくださったんですね!」

 

 近くの扉が開け放たれたと思ったら、犯人はエレナだった。目を輝かせて私の元へ近寄ってきた。

 

「エレナ、理事長としてそれはどうなの?」

 

「申し訳ありませんわ! お姉様に会えて興奮してしまいましたの。」

 

「まぁ、それはいいわ。それより、エレナ。あなた、私の外見を皆さんに説明してなかったわね?」

 

「あ、忘れてましたわ。」

 

 あっ、て顔してももう遅い……

 

「はぁ……そうだと思ったわ。気をつけてね。」

 

 私の外見は、とにかく生徒にしか見えない。街に買い出しに出る時は、子供と間違われる方がみんなまけてくれるから便利だけど、こう言う時は困るのよね。事前の説明大事なのに……

 それを怠ったことで、職員室がざわついてしまった。目立ちたくなかったのに……無理だろうけど。

 

「申し訳ありませんわ。以後気をつけます。」 

 

 基本、エレナは私が小さくてもどうでもいいから。こういう報告? は全くしない。つまり気をつけられないので、諦める。

 

「それでは、みなさん。紹介しますわ。この方は私の実の姉でグレナ・ルシエンですわ。」

 

「若輩ものであるため、至らぬ点はあるかと思いますが、ご容赦を。」

 

「そんな! お姉様が若輩者なわけありませんわ!」

 

「挨拶でしょうが。話の腰を折らないの。」

 

「はい……」

 

「「「(ご指導ご鞭撻のほど、っていうセリフは無しか。理事長の姉というだけあり、癖が強そうだ。)」」」 

 

「では、入学式をいたしましょうか。お姉様、準備はよろしいでしょうか。」

 

「えぇ。荷物を置く以外には特にはないわ。」

 

「かしこまりましたわ。お姉様の席は窓際になります。研究室は後ほど案内しますので放課後理事長室へとお願いいたします。では参りましょう。」

 

「ありがとう。」

 

 

 

 

 

 それから、エレナの案内の元、入学式の会場へとついていった。私の席は1番最後尾の端っこだった。生徒があまり見えないけど興味もないからいいか。じゃなくてもかなり目立つ見た目(子供なのに教師席)してるし。ぼーっとしながら入学式を終えると、エレナ直々に教室まで案内された。

 

「では、わたくしはこれで。お姉様、よろしくお願いいたしますわ。」

 

「はいはい。がんばりますよっと。期待はしないでね。」

 

「はい!」

 

 そのはい・・は期待してますわ、だな。伊達にこの子の姉はやってない。

 

 私の担当はSクラスになる。学年の中で1番入学時の成績が良かったクラスだ。実力が同じくらいのもの同士でないと、授業についていけないので、クラス配置は妥当だと言える。

 エレナに見守られながら、無駄にでかい扉を開ける。中に堂々と入ると生徒の視線を一身に集めてしまう。そして、次にはヒソヒソ話。

 

「あの子、なぜ制服を?」

「違うわよ、教師席にいたわ。」

「え、でも、15歳くらいじゃないか?」

「有名な魔術師様?」

「聞いたことも見たこともないぞ、子供みたいな魔術師は。」

 

 全部聞こえてんだよなぁ……まぁ、当然の反応だけど。

 壇上に上がり、名簿を教卓の上に置いてから、黒板に私の名前を書いた。

 

「さて、私の名前はグレナ・ルシエン。今日から貴方たちSクラスの担当になった非常勤講師よ。末長く、よろしくね・・・・・・?」 

 

「何か含みがある言い方ですね。」

 

 いちばん手前に座ったメガネの男がそう言った。当然でしょ。含み有りまくりだもん。

 

「この学園は原則三年間同じクラスメイトに、よほどのことがないと教師も変わらないわ。だけど、稀にメンバーが変わる。なぜだと思う?」

 

「退学者ですか?」

 

「それも正解。だけど、成績不振であれば簡単にクラスは落ちるわ。逆に這い上がることもできる。貴方たちSクラスは上がることはできないけど、ぼやぼやしてたらあっという間に落ちるからね。」

 

「当たり前ですね。」

 

「ま、精々退学にならないように気をつけるのね。」

 

 それだけじゃないけど。ま、それはいっか。あら? さっきの男の子もいるみたい。やっぱり成績上位者か。私と目が合うと彼もニコッとした。

 

「あのルシエン先生ってご高明な魔術師、なんですよね……」

 

「なぜそれを聞きたがる?」 

 

「ここの教師になる人は有名な研究者や実戦で功績を上げたものが多く、ここの卒業生がほとんどです。しかし、私たちにはルシエン先生を知らないので、どんな方なのかな、と。」

 

 純粋な疑問の人と、疑心を持ってる人半々ってところね。だけど、答える気はない。

 

「それを答える義務はないわ。」

 

「なるほど。よほど隠したい素性ということでしょうか。」

 

「安い挑発ね。なんとでも言えばいいわ。私は理事長直々に頼まれてここにきたのであって、教師になりたくてきたのではないの。あの子に泣きつかれて助けたいとは思ったけど、貴方たちを育成する気は、元より興味はない。何もあの子を助ける手段はこれだけではないのだから、辞めようと思えばすぐにやめるわ。むしろ一番やりたくないことだもの。」

 

「やる気のない方がなぜここに? 俺たちを馬鹿にしているのですか? 聞きましたよ、第伍階梯なのだと。」

 

 その瞬間、ヒソヒソ話が始まった。ここの教師になる条件は第四階梯以上もしくは、よほどの魔術の研究をした奴じゃないと無理。つまり私はその両方満たしていないということになる。面白くなってきた。

 

「それが?」

 

「は?」

 

「それがなんだというの? 魔術師の階級で人を判断するなんて、まだまだひよっこねぇ。」

 

「なっ、私は! 辺境伯の息子で魔術については自信があります! 辺境伯に対しての侮辱ととらえますよ?!」

 

「なんとでもどうぞ。所詮は実践経験の乏しい学生の身であることを、卒業後に実感すればいいわ。私は関係ないもの。」

 

「ふざけるな!」

 

 辺境伯の息子だという男が激昂し、立ち上がったタイミングで誰かの手を叩く音が聞こえた。音の出所は彼だった。

 

「少し落ち着こうか。これは先生の挑発だよ。」

 

「で、殿下……ですが……いえ、失礼しました。」

 

 殿下? 殿下って、まさか……

 

「ルシエン先生、お話を遮ってしまい申し訳ありません。私はシドニス・アイス・ルドニクス=アメリアと申します。以後お見知り置きください。」

 

 爽やかな笑顔で流れるように自己紹介をしたこの、金髪男。私を案内してくれた親切な人なんだけど、まさか王族、しかも第五王子だとは思わなかった……さすがに情勢に疎いとはいえ、現代の王族を知らないのは不敬に当たるだろう……ま、いっか。殿下はニコニコ顔のまま、話を続けた。

 

「さて、みんなが先生のことを知りたく思うのも無理はないけど、詮索はしないでおこう。少なくともルシエンという名前を見る限り、理事長とは親戚なのだろうし、その理事長が彼女を頼ったのであれば、僕たちには何かを言う資格はないよ。今はまだ、ね?」

 

 問題を起こせばすぐにでも訴えるってか? 上等。第五王子殿下、多少は頭の回転が早いみたいね。指揮官向きか? 彼次第ではそっち方面に育てるのもありだな。

 殿下の言葉にみんな、納得はしてないけど何も言わなくなった。とりあえずは引っ込もうってところだろう。それでいい。

 

「さて、それじゃあ、自己紹介といきますかね。そっちの席からどうぞ。」

 

 教室内にいる全員の自己紹介を終えたところで、朝のホームルームは終わりを告げた。一旦休憩してからロングホームルームに入る。そこで必要な連絡事項と、決めなくちゃいけないことをきめて、時間が余ってしまった。

 

「さて、あと30分、どうしますかねぇ。何か聞きたいことある?」

 

「ルシエン先生。個人的な質問しても?」

 

「いいよー。」

 

「理事長とはどのようなご関係で? 親戚なのはわかるんですが……」

 

「あー。姉よ、姉。」 

 

 やっぱり気になるよねー。あの子有名人だし。姉だというとものすごい顔を引き攣らせた。そこまで驚くかな。

 

「姉、冗談ですよね?」

 

「こんな見た目だけど、実年齢はそこそこ超えてるわよ。」

 

「えぇー?」

 

「不老魔術。知ってるわよね?」

 

「えぇ。もちろんです。十傑の魔術師は全員それを扱えると言われています。」

 

 不老魔術なんてものが存在するのは伝説ではなく本当の話。十傑の魔術師が使えるのは公でも知られている。しかし、高度な魔術であり、十傑に比例するほどの魔力量と繊細な技術、知識を備えていないと不老魔術は扱えない。他人に施すとなると、なおのこと。それこそ十傑の魔術師のみ。だから、時代とともにあると信じられてはいるが、あと数百年もすれば伝説になるほどには、一般人はお目にかかれない。

 

「その不老魔術を受けた女ってこと。この年齢の時にかけるつもりなかったんだけど、ちょっとドジったのよ。」

 

「不老魔術を、受けた……」

 

「なるほど。通りで見た目よりずっと大人びていたのですね。」

 

 殿下にそれを言われるとものすごい貶されてる感があるのは私の被害妄想なんだろうけど……ものすごく嫌……あんただって十分達観してるわ。

 

「褒めてるのか貶してるのか。」 

 

「もちろん褒め言葉ですよ。私からも質問いいですか?」

 

「なに?」

 

「貴方も魔術の研究をしてるんでしょう? どんなことをしてるんですか?」

 

「いろいろ」

 

「いろいろ?」

 

「それはおいおいね。明日の授業で嫌ってほど知ることになるわ。」

 

「なるほど。それは楽しみですね。」

 

「期待するようなことは何もないけどね。そろそろ時間か。じゃあ、帰り支度しちゃって。チャイムと同時に帰っていいわ。それじゃ、また明日。」

 

 クラスメイト全員に聞こえるように言ってから教室を出た。さて、理事長の元へと行きますかねー。

 


___________________________________________

 



「エレナ〜? 入るわよー」

 

「はーい。どうぞー」

 

 中へと入ると机の上で書類仕事をしているところらしく、書類を裁いていた。

 

「忙しそうね。」

 

「申し訳ありませんわ。すぐに終わりますので、少しお待ちください。」

 

 それから10分ほど経ち、エレナが立ち上がった。

 

「お待たせしましたわ。早速行きましょう。」

 

「はーい。」

 

 エレナの案内の元、あてがわれた研究室にたどり着いた。中を見ると、かなり広く感じる。私の家のリビングより広いかも?

 

「お姉様の部屋は特別仕様でかなり広くしておりますの。わたくしの我儘で来てもらったので、設備は充実しているはずですわ。そして、この鍵をお渡しいたします。」

 

 手のひらを掲げてから突如として鍵が現れた。

 

「これは?」

 

「禁書庫の扉の鍵ですわ。教師でも入るにはわたくしの許可がないとダメなのですけれど、お姉様は許可なく入れますわ。ちなみにこの鍵はお姉様以外には触れられないようになってますので、ご安心を。」

 

「そんなに厳重なところに私が入ってもいいの?」

 

「あそこにあるもので、わたくしたちが必要になる情報はほとんどないと思いますわ。すでに行使できる危険魔術や非効率な魔術しかありませんもの。」

 

「じゃあ、必要ないんじゃないの?」

 

「そう判断するのはまだ早いですわ。あそこには、厳禁書庫という場所がありますの。そこには国家機密が眠ってますわ。」

 

「は?! なんで学園にあるの?!」

 

「王家より、わたくしの元にある方が安全ですから。」

 

 あー、なるほど。下手な警備や結界より、エレナとエレナの魔術結界で守られている学園の方が安全ってか。王宮からも近いし、国王も来ようと思えば来れる距離だからここにしたってところかな。いいのかそれで。

 

「いいの? そんなところに私を入れるようにしちゃって。」

 

「大丈夫ですわ。お姉様のことは信じておりますし、何よりお姉様にはわたくしの結界なんてあってないようなものですから。」

 

 エレナは魔術結界について研究してる人間で、失われた古代の魔術ロストマジックを再現できるのだ。ロストマジックは現代とは比べ物にならないほどの高度な魔術を扱うことができた古代人の魔術だ。やろうと思えば現代人にもできるけど、行使するためには数百年の鍛錬は必要でしょうね。今現在使える人はこの子含めて世界で片手で数えられる人数しかいないだろう。

 エレナはそのロストマジックを自分なりにアレンジした結界を作る。基本、魔術結界は解除するより壊す方が楽なのだが、エレナの魔術結界は誰にも壊せない。結界に囲まれた場所は、結界ごと亜空間に存在するようになる上に、一定の攻撃を受けると反射するようにしているため、攻撃すればこちらが死にかねない。反射しなくても別の亜空間に飛ばされるので、普通に意味がない。

 だから、亜空間に干渉して、こちらの世界に存在させるようにして結界を解除する方が現実的なのだ。それもエレナの妨害なしで。ありになると、どれだけエレナの妨害を阻止できるかの時間勝負になる。十傑ほどの人物でも手こずるだろう。なにせ、ロストマジックにエレナのアレンジが加わる。普通に理解できないわ。解除するにもそれ相応の魔力量は必要だしね。

 

「それは昔の話でしょ。今なら解除には数分かかるわよ。」

 

「解除できる高位魔術師であっても数日かかる結界なんですけれどね?」

 

「ま、エレナがいいっていうなら、遠慮なくもらっとく。」

 

「はいですわ。有効活用しちゃってくださいませ。」

 

「しなくて済めばいいけどね?」

 

「えへへ。では、わたくしはこれで。お好きに魔改造してください! それでは。」

 

 ヒュンと、一瞬にしてエレナは消えた。転移魔法を使ったのだろう。本来、転移魔法の行使には莫大な魔力を使う上に技術も必要なんだが、学園内での短距離でも使うとは。

 

「能力の無駄遣い。でも、羨ましいことね。さて、早速改造しますか。」

 

 と言っても地下を作るわけでもないし、そこまで大変ではないな。模様替えの範疇だろう。その日はあてがわれた研究室の模様替えをして終わった。

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