陰キャとギャルと本屋と

霜月このは

陰キャとギャルと本屋と

 恋愛なんて、嫌いだ。


 私の頭の中に今、そんな言葉が浮かぶ理由は、さっきここへ来るまでの暗い坂道で、手を繋いでいる男女を見たからだ。


 同じクラスの松井まつい美奈みなと、その彼氏の江本えもととかいう野球部の男。


「あ、水瀬みなせさんじゃーん、ウケる」


 何がウケるのかさっぱりわからないけれど、ギャルもどきの美奈は、私とすれ違うなりそんな言葉を発して。江本は恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「あ、どうも」


 陰キャな私はそれだけ言うのが精一杯で、なるべく二人のほうを見ないようにして早足で駆け抜けて、坂の上にあるこの本屋まで逃げてきたというわけだった。


 二人が付き合っていたなんて、知らなかった。

 中三にもなれば、そういう人たちもいるというのは、なんとなく知ってはいたけれど。間近でそういう場面を見るのは初めてだったから。


 気持ちが悪くて。なんだか、吐きそうだった。


 とりあえず目の前にあった、平積みされている文庫本を手に取る。

 まだ心臓がドキドキしているのは、坂道を駆け上がったせいなのか、それとも。


 

 本の中身をパラパラと見ていけば、それは運悪く、恋愛小説だった。

 恋愛小説は苦手だ。読めなくはないけれど、この頃は読みながらなんだかそわそわ落ち着かない気持ちになってしまって、どうしたらいいかわからないのだ。


 そっと本を戻そうとしたところで、急に背中に柔らかいものがぶつかってきた。


「水瀬さーん、また会った!」

「えっ……」


 振り向けばそこにいたのは、さっきすれ違ったばかりの美奈だった。

 なぜだか私に体当たりして、肩をつかんできたのだった。さっきの柔らかい衝撃は、彼女の胸部の膨らみだったのか、と気づいてなんだか頬が熱くなる。


 ひとにこういう接触をされるのは、苦手だ。


「あの、さっき、あっちに行ったんじゃ……」

「あー、今日発売日なの、思い出してさ! これこれ」


 そう言って手に取ったのは、私がさっきまで読んでいたその本で。

 ひとを見た目でどうこう言うものじゃないけど、正直、ギャルっぽい容姿の美奈がこういう本を好んでいるというのは、意外だった。


「水瀬さんも、好き? このシリーズね、ほんとキュンキュンしちゃうよね!」

「……キュンキュンって」


 その言葉に笑ってしまう。

 さっきまで男と手を繋いで青春を謳歌していた彼女が、今この瞬間、陰キャな私の隣に立って同じ本を眺めている、その光景だけでもなんだか面白くて。


「ねえねえ、水瀬さんは好きな人とかいるの?」

「わ、私は、別に、その……」

「いいじゃんいいじゃん、誰にも言わないから、教えてよ」


 何がそんなに楽しいんだかわからないけれど、美奈はキャッキャと一人で盛り上がっている。


「私は、松井さんと違って、可愛くないし……そういうの、別にないよ」


 やっとのことでそう言うのだけど、美奈はちっとも許してくれない。


「じゃー、可愛くなればいいんじゃん? そうだ、今度メイク教えてあげようか?」


 そんなことまで言い出す始末だ。

 正直、美奈のような派手な人が、こんなふうに私に絡んでくること自体、珍しいから、困惑してしまう。


「私、そういうの、興味ないから」

「えー、つまんないの」


 そんなことを言いながら、美奈は他の本もどんどん手に取って、パラパラめくっていく。


「江本はさー、本とか読まないんだよね」


 本をめくりながら、美奈は唐突にそんなことを言う。


「そうなんだ」

「うん。だからさっきも、本屋行こって誘ったんだけど、面倒くさそうだったから、置いてきちゃった」


 そう言って笑う。


「あいつ、野球しか興味ないからねー。あんな泥だらけになって、何が楽しいんだかわからないけど」


 そんなことを言うもんだから、ついつい疑問がそのまま口から出てしまった。


「そんな、趣味合わないのに、なんで付き合ってるの?」


 すると、美奈は一瞬固まったあと、また笑い出す。。


「水瀬さんってやっぱり変わってる。だって……なんでって、そんなの彼氏欲しいからに決まってるじゃん? 他のみんなもそんな感じでしょ」

「はあ……そうなんだ」


 確かに、クラスの中には他にも、付き合っているとか別れたとか、そういう噂のある人たちはいるけれど。

 付き合うとかって、そんな気持ちで決めることなのだろうか。私には理解ができなかった。


友紀ゆきなんてさ、もう彼氏とえっちしたらしいしさー」


 あまりの衝撃ワードに眩暈がする。やっぱり美奈たちと私とでは、住む世界が違う。そう思うのだけど。


「あー早く私も処女捨てたい」


 その発言を聞いて、つい意見してしまった。


「そういうのは……本当に好きな人とするのが、いいと思うけど」

「えっ……」

「ほら、この小説の主人公だって、別に誰でもいいからそういうことしたわけじゃないでしょ……。本当に好きな人と……だから、こんなふうにドキドキしているんじゃないかな、とか、思うんだけど」


 私がそう言うと、美奈は急にはっとした様子で言った。


「そっか……うん、そうだよね」

「そういう、作品とかは、ドラマチックに書かれているから、憧れる気持ちもわかるけど。……もっと、自分を大事にしてほしい」


 なんで自分が、一生懸命こんなこと言っているのかわからないけど。

 だけど美奈は、経験もない私なんかのアドバイスを、うんうんと頷きながら、真面目に聞いていて。


「……水瀬さんっ、ありがと!」


 急にそんなことを言って抱きついてきた。


「えっ、えっ、えっ……」


 また美奈の胸が私にぶつかる。恥ずかしいからやめてほしい、なんて、私はそんなことばかり思ってしまうのだけど、美奈は本当に感激した、という様子で。


「そんなふうに心配してもらったの、初めてだよ!」


 そんなことを言う。


 正直、意外だった。笑われたり流されたりするんだとどこかで思っていたけれど、チャラいだけだと思っていた美奈がこんなふうに真面目に自分の言葉を受け止めてくれたというのは、なんだか嬉しかった。


 それで、なんだか恥ずかしくなってしまったから、とりあえずもう帰ると言うと、美奈も帰ると言った。レジに向かう美奈を見ながら、これも何かの縁だと思い、なんとなく私も同じ本を買うことにした。


「ねえ、また今度、一緒に本の話しよ? この本の感想話そ」


 買った本をカバンに入れながら、美奈はそんなことを言ってくる。


「なんで、私なんかと」

「んー、なんでだろ」


 照れ隠しをする私の言葉に、美奈もやっぱり照れたように笑って言うのだ。


「もしかして私、水瀬さんのこと、好きになっちゃったのかもっ」

「なにそれ」


 もう本当に、何を考えているかわからなくて。


「チョロすぎだって」


 そんなことを言って笑い合った。


 ……私は、恋愛は嫌いだ。


 だけど、本の世界の話をするくらいなら、いいかもしれない。


 美奈と、だったら。


 そんなことを、少しだけ、思ってしまった。





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