本屋と書店の違いについての考察

@nekobatake

本屋と書店の違い

「シオリ、本屋と書店の違いってなんだと思う?」


「ただの言い方の違いでしょ、スミレ」


「そう? ボクはそう思わないかな。きっとどこかで線引がだね──」


「んー、いまググったけど、文語的か口語的かの差だってさ」


「相変わらずシオリは夢がないねえ。そんな肩肘張った定義とは別の法則が裏に潜んでいる……だなんて、夢想しても良くはないかい?」


「まあ、そこは個人の自由じゃない? どうぞ、どうぞ」


「じゃあお言葉に甘えて。……立地なんかはどうかな? そうだね、言葉の響きから察するに! 恐らくは、より近代的な施設に近しい立地のものを本屋、その逆のアクセスし辛い立地のものが書店。どうかな?」


「んー、駅前によく『〇〇書店』みたいな名前の本屋ない?」


「あー。そうか。言われてみれば、見たことがあるような気がする」


「それどころか『〇〇書房』とかの名前のお店すらあるし」


「そこまでいくと、古臭いな」


「悪口じゃん」


「悪口じゃあない。じゃあ、こうしよう。今の説をそのまま裏返すんだ」


「つまり?」


「つまり、立地の悪い場所にあるものが本屋。立地の良い場所にあるものが書店だとか書房。反論はあるかい? んん?」


「え、これ討論対決かなんかだったっけ? まあ、別にいいけど……うーん、ちょっと思い当たらないなあ。言われてみれば、そういう法則、あるかもしれない」


「そうだろう、そうだろう」


「後乗りしただけの説のくせになんか偉そう。……でも、何かそういうふうになりがちな理由とかあるのかな?」


「うーむ、ボクが思うに、ある種の権威付けが画策されているのではないだろうか」


「おっ、なんかそれっぽいこと言いそう」


「では、期待にお応えして。それっぽいことを言うと、駅前とかそういう立地の良い場所に、それほど儲かるとは思えない書店を出店するということは……だ」


「書店業界の人が聞いたら怒りそう」


「そうはならないから茶々を入れず清聴したまえよ──要するに、すでに羽振りの良い企業である可能性が高い、とはならないだろうか?」


「そう? そうかも」


「そうなんだよ、たぶんね。で、そういう企業は新興企業だから、如何にも明治大正の世から続いていますよ感を出したい、と」


「それで、『〇〇書店』とか『〇〇書房』とか、わざと由緒正しい感じの店名にすると。由緒正しい、じゃなくて、古臭い、か」


「悪口だぞ」


「悪口じゃないし」


「まあ、いいさ。それで、以上の夢想は如何だったかな?」


「夢想、って大上段に構えた割には、夢がないオチだったかな」


「夢がない……うーん、本当だな。まあ、そこは反論したら負け確定なので無視できるものとして」


「物理の問題か」


「オチ、という言葉には引っ掛かりを覚えるかな? 真相と言いたまえよ」


「そんなに大げさなものじゃないでしょ……オチでも分不相応なぐらい」


「随分なものだ。じゃあ、シオリは何か他の解釈はできるのかね? んん? 反論できなかったら、ボクの勝ちたぞ」


「だから、いつから討論対決になってんの……そうね、反論は特にないけど、疑問はあるかな」


「ほうほう?」


「そもそも、『〇〇書店』とか『〇〇書房』とかの店名と、本屋と書店の呼称の違いって、対応するとは限らなくない?」


「えーっと。どういうことだ?」


「だから……『〇〇書店』っていうお店のことを、本屋と呼んでもおかしくはないでしょ?」


「…………あー、そうか、そうだな。ボクは初めから間違っていたなー」


「初めから、というよりは、『〇〇書店』とか、私がお店の名前をだしたところからね。そこからスミレは引きずられてた」


「あー! 意図的に踊らされていたのか、ボクは」


「いや、別に意図したわけじゃあないけど……まあ、思い込みは怖いよねって話」


「そうだな……口調は性別に対応するという思い込みがある人間が、我々の会話だけ聞くと女の子同士の会話に聞こえるトリックと同様だな。本当は男同士の会話だというのに!」


「いや、普通に女同士だけど。……あ、スミレは違うかもだけど」


「ボクだって女の子だろっ!」


「自分からアホなこと言っておいて、なに鼻息荒くしてんのよ……」


「女の子らしくはないって自覚はあるからな、少々コンプレックスだ」


「まずはその口調とか一人称、総称してキャラやめるところからでしょ」


「やめるもんか。少々、と言っただろう? 無視できるものとする」


「やっぱり物理の問題じゃん」


「まあ、私が女子にしては短髪でボーイッシュでスポーツ好きな見た目をしていることを鑑みると安易なキャラ付けだとはいえ、このキャラとやらにアイデンティティを覚えなくもないのだ」


「いや、短髪なのは私で、スミレはさらっさらな黒髪ロングじゃん。服もスミレは制服で、私がジャージだし」


「ふふ……これもまた、ボクたちの会話を聞いている、口調や一人称と外見が対応するという思い込みのある人間に向けたトリックなのだよ」


「だれがそんなの聞いてるのよ……そもそも、別に誤解されてもなに一つ困ることないし」


「確かに! 何一つ困らない。そうだな、せっかくのトリックも、それを仕掛ける意義がなくちゃあな。うーむ、何か見つからないものか……」


「そんなのあるわけないでしょ」


「うーむ……せっかく、ボクたちがまるで女の子同士でお付き合いをしているラブラブカップルかの如く思い込ませる、そんなトリックも用意してあるというのに」


「……」


「どうしたものかねえ」


「…………別に、そこは間違ってないじゃん」


「はは、やっぱりシオリは照れた顔が一番かわいいね」


「からかうと殴るよ?」


「殴る前に言ってよう!」


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