第53話
暴走族、という存在がいる。犯罪組織とは言えない。彼等はただ速く、かっこよく、車道を爆走したいだけの人間たちだ。
とはいえ、公道を爆走されたら普通に迷惑だし、共同危険行為罪や道路交通法違反が適用される。
リコリスは円らな目をぱちぱちと開閉した。きょとん、という擬音が似合いそうな反応である。そんな彼女の前には、違法改造を施された陸上型武装機に騎乗している人間たち。場所は蒸気機関都市の主幹道、その分岐点である。
「ンだぁテメェ!!」
「邪魔すんのかぁ!!」
そんな人間たちの先頭で、一際目立つ旗を背負った男と女が怒鳴る。リコリスは相変わらずきょとんとしているが、その横にいたトルネはひぇっと声を上げて縮こまる。打散斬理、なんて派手な刺繡が施された旗を背負っている彼等はいわゆる、暴走族だ。そしてリコリスとトルネは抑止庁の職員で、暴走族を取り締まる立場にある。
「……知能指数が違い過ぎてちょっと会話は無理ですね。トルネ、後は頼みますよ」
「さり気なく全方位に喧嘩売ってません!? オレだって無理ですよぉ!!」
ぽん、と優しくトルネの肩を叩いたリコリスは、しかしトルネの猛抗議を受けて小首を傾げる。いやだって、会話ができなさそうなんですもん。なんて可愛らしく呟いて、それは暴走族たちの怒りを加速させるだけだった。
「はぁ、これこそ機動部隊の役目でしょうに」
「新設の部隊でしたっけ? よく知らないんすけど」
「えぇ、馬鹿な子たちの集まりですよ。一歩間違えなくてもあれらと同族」
「まぁオレらの部隊も外から言わせれば馬鹿な子たちの集まりでは?」
「ボク以外はね。しかし馬鹿で済めばいいんですけど、殺人狂に被死願望持ち、賭博依存者に放火魔とくればもうそれは魔窟と呼ばれて然るべきでは?」
「おぉう……」
それこそさり気なく自身を棚に上げたリコリスに絶句するトルネ。リコリスも殺人狂の類であろうに、夏にがぶ飲みする麦酒のようにさらっと流してしまった。被死願望持ちは事実であるので反論できない。トルネは自分のことを客観視できるだけ他の同僚よりましだと自認している。目糞鼻糞を笑うという言葉は知らないトルネであった。
しかし、そんな彼等の前には暴走族だ。暴走族たちは自分たちの前に立ちはだかったくせに自分たちのことを無視しているリコリスとトルネを囲み始める。と、その時だった。
遠くから聞こえる爆音は、暴走族たちと同質のそれ。楽器の音、歌声、発動した歌唱魔術による派手な閃光。暴走族たちの増援が来たかと思えるようなそれらは、しかしリコリスたちの増援である。
「ッシャ!! ッス!!」
ほぼ獣の威嚇のような、単語でさえない発声。ぎゃりぎゃりと地面を削って陸上型輸送機を停止させた一団は、背負う旗に翼死蝶と刺繍されている。長官もとい叔父貴からいっぱい怒られて然るべきでは、とこの旗を見る度にリコリスは思っているのだが、未だ怒られは発生していないらしい。
彼等は抑止庁に新設された機動部隊。様々な乗機を操り、敵の追跡や賊の捕縛を担当する部隊である。なお背負う旗から察せられるように、彼等のほぼ全員が元暴走族の懲役組であったりする。
「オクト大姐さんッ!! トルネの兄貴ィッ!! 機動部隊長ォ、「疾駆」のタスク=ライダーッ!! 只今現着シャッシタァッ!!」
「うるさっ」
金髪を派手に逆立てた、橙目の男が叫ぶ。それに呼応して、彼の部下である隊員たちが乗機を空吹かしさせる。トルネが呟いたように非常にうるさい。前面をリコリスとトルネ、背面をタスクに挟まれた暴走族たちは、それでも抵抗しようとして。
「狂外科医」と「黒鮫」、「疾駆」という三人の異名持ちに秒で制圧された。
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