第50話

「もうニギはどうでもいいからオレらだけで作戦考えようぜ」

「本人の前でよくそんなことが言えるな」

「だってお前、訓練始まったら楽しくなっちゃって絶対に独断専行するじゃん」

「ぐうの音も出ないが」

「それなら黙っといて」

「ぐぬぬ」


 そういうことになった。


 宣言通りの独断専行である。遊撃部隊長の「殺人機」ことニギがその長い黒髪を靡かせて突出した。口頭、脳内、機械精霊アドオン、指輪型演算機を総動員した四種類の演算魔術を展開。ちかちかと瞬いた光球から細い光線が放たれ、無数に分裂して複雑な軌道を描く。


「ゼーレヴァンデルングは毎年変わらないよね」

「すごく楽しくて楽しい」


 抑止庁長官であるカノトは苦笑して大旗型演算機を振るう。その軌跡に沿って闇色の帯が生まれ、ニギの光属性攻撃系演算魔術ライトドットアタックを呑み込んだ。そして毎年のこと、闇属性防御系演算魔術ダークドットディフェンスを展開したカノトの僅かな隙を押し広げるように、光属性妨害系演算魔術ライトドットディスを鎧のごとく纏ったニギが迫る。その目は感情異彩症により、愉悦の金色に染まっている。


「ゼーレヴァンデルングは願望権を望んでないから、協調性皆無で困ってしまう」

「お前に願って叶うことなどそんなにないし、今こうして戦えていることが強いて言えばそれだからな」


 場面は一等官たちを対象とした戦闘訓練。長官であるカノトが相手であり、彼を唸らせることができれば、通常昇格時にしか与えられない願望権が与えられる。これは蒸気機関都市ザラマンドの都市長でもあるカノトへ何でも一つ願いを述べることができる権利だ。


「もーえろよもえろーよー!!」


 刹那、強襲部隊長である「踊子」ウルの歌声が響き、炎の波が殺到する。ウルに憑いている機械精霊アドオンである首斬兎ジャックラビットの支援を受け、赤から青、青から透明へと色を変えた炎の波は、しかしカノトに届くことなく吹き散らされた。

 大旗型演算機、否、階差機関である七生報国ナナツオの真の効果は、一振七倍。一の魔力を七に変え、七の威力を四十九へと跳ね上げる。それは同じ火属性魔術同士であっても、力技で捻じ伏せられるだけの能力だ。高温故に色を無くした炎の渦が、炎の波を巻き込んで昇天した。


「今年は欲しいものがあるの」

「だからお手柔らかに願いたいわ」


 そんな炎の乱舞の隙間を縫うように、左右からカノトへ迫るのは心療部隊長である「双剣」ベティ=エリーたち。特例として二人で一人として扱われている彼女たちは、一心二体の動きで双剣型演算機を振るった。


「欲しいものかい? 大体のものは買えるだろうに」

「許可がいるものなのよ」

「だから長官殿の購入許可が欲しいの」

「違法な物品の購入に関しては是と返しにくいな」


 豪雨の如き双剣の連撃を大旗の石突きで器用に捌くカノト。のんびりとした会話を交わしつつも、並みの二等官では追えない速度で斬撃と打撃が飛び交う。そうして、競り負けたのは二人の方だった。

 しかし、それもまた布石の一つ。猫のように、蛇のように、するりと二人の間を抜けてカノトを襲ったのは諜報部隊長の「化物」ヘレシィ。常ならば下ろしっぱなしの緑髪を綺麗に結い上げて、本日は近接戦闘向きの調整をしてきたらしい。

 無言のまま、刃物を仕込んだ爪先でカノトの脚を蹴りつけようとするヘレシィ。カノトはそれを旗の布地で受け止める。様々な防御、妨害系の演算式が刻み込まれたそれは鉄よりも硬く、それでいて布としての性質を失ってはいない。カノトがくるりと手元を回す。ぼすん、と柔らかな音の直後にごつんと固い音。あいた、とヘレシィが額をわざとらしく押さえて後退した。

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