第48話

 宝飴。果実と砂糖という単純ながらも外れがない素材と昔ながらの製法で老若男女から好かれている菓子である。蒸気機関都市ザラマンドにおいては郷土菓子として、海上周遊都市サイレンにおいては土産物として、知らぬ者はいないといっても過言ではない。


 宝飴にすると美味しい果実というのは永遠に決着がつかないものの例えとして用いられることがある。


 がり、しゃり、と飴を纏った山査子の実を食み続けているのは抑止庁ルーラーが遊撃部隊長、「殺人機」ニギ=ゼーレヴァンデルング。いつも通りの無表情だから、傍目には美味しいのか美味しくないのか何なのか判りにくいが、食べ続けているということは美味しいということである。

 そして、山査子の宝飴を食べているのは彼だけではない。今現在、遊撃部隊の待機室にいる面々がそれぞれにかじっている。各々の名を挙げるならば、「狂外科医」リコリス=オクト、「炎鬼」タンジェロ=トキシック(婿入りしたため姓が変わったのはつい最近のことである)、「銀槍」カララ=オク、「逆鉾」サム=バイト、そしてこの宝飴の購入者である「黒鮫」トルネ=シャーク。三等官に至るまで全員異名持ちというのは、やはりどう考えても異常事態であった。


「今度は林檎の宝飴が良いですねぇ」

「鳳梨」

「えー、赤茄子がいいですよー」

「……苺」

「姐さんと兄さんは兎も角、オクちゃんとサム君は自分で買って?」


 閑話休題。トルネが指差した先、カララはけらりと笑い、サムは片眉を跳ね上げる。いや反抗的……とトルネが肩を落とし、へにゃりと情けなく笑った。


「三十人分」

「お子さんたちの分は流石に自分で購入していただいてもよろしいですかね隊長殿ォ!!」

「三百と言わなかっただけ常識的だっただろう」

「オレの給金知ってるでしょうが!! ……知ってます?」

「知らんな」

「書類仕事てんで駄目っすもんね!! それなのに内務班がいなくてどうして遊撃部隊は成り立っているの? 怖い話?」

「キャロル先輩の御尽力の結果だろうが舐めたこと言ってると首を刎ねますよ」

「ご褒美ありがとうございます!!」

「トルネにはこの脅し文句が効かないから困る」


 そんなトルネだったが、リコリスからの脅しを受けて元気を取り戻す。地の文ながらあまりにも異様な状況に戦慄を覚えた。被死願望持ちは勿論、心療部隊による治療対象者ではあるのだが、トルネの治療はほとんど進んでいないようであった。


「後はー、フェオニクス隊長補佐殿の頑張りとかー?」

「もう隊長補佐はなくなりましたよ」

「でもー、たまに隊長補佐権限で命令されたりするんですけどー」

「指揮系統がぐずぐずだな相変わらず」

「タンジェロ……じゃなかった、トキシックの所も大概じゃないですか」

「というかオクは名目上己の部下だろう、何でフェオニクスの命令を受けてるんだ」

「トキシック分隊長がいない時にー、金槌片手に脅されました……」

「あれ痛いよね、わかる……」

「分かり合うな輪廻士三等官ども」

「無関係な人間を巻き込むな」

「バイトはそもそも誰の指示も聞かんだろうが」

「こんな状況でどうして遊撃部隊って部隊として成り立っているの? やっぱり怖い話じゃないです?」

「こんな状況になっても一切口を挟まない隊長殿の御人徳ですかね」


 面倒臭そうにそう言ったリコリスの視線の先、我関せずと宝飴をかじり続けていたニギがまばたきする。その表情も、動作も、異名通り機械めいたものであった。

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