第46話

 演算機とは、正式名称を演算補助機器という。演算魔術の構築、発動までを補助する機械だ。大まかな構造としては、演算式を記憶させる記憶媒体と、その演算式を小精霊に伝達する伝達装置、発動の起爆剤ともいえる発火装置という三種の部品によって作られている。

 蒸気機関都市ザラマンドは元々、職人や技師が集まってできた都市であるため、演算機の生産量は不動の一位である。正確性、威力、何を取っても他都市製のものとは比べ物にならない。技師たちもまた、その事実に誇りを持っている。

 さて、そもそも演算魔術とはどのような魔術なのか。演算魔術とは、魔術の一切を演算式によって表現し、それを小精霊に伝達することで発動させる魔術だ。演算式には厳密さが求められる反面、歌唱魔術や輪廻魔術のような揺らぎがないという利点がある。

 記憶媒体が必要となる理由がここにあり、演算式には一切の間違いが認められない。少しでも誤った記述があれば発動しないか、酷い場合は暴発する。よって、演算士たちは予め構築した演算式を演算機に記憶させて魔術を使う。


「五行目、八行目、二十三行目」

「えー……あ、なるほどですね?」

「三十五行目、四十九行目」

「はーい、修正終わりました」

「五つか……一応及第点だな、今後も精進するように」

「了解でーす」


 抑止庁ルーラー第三棟、装備部隊の待機室兼工房の窓口にて。隊長であるジェニアト(男女問わず小柄であり、肌は褐色、原色の髪目を持つことが多い人種である)のガラキ=ホムラは渋い表情のまま三等技官を見送った。軽微な損傷のある演算機の修理を任せたのだが、演算式に五つの修正すべき点が残っていたことに思考を巡らせる。

 何せ、演算機は繊細だ。一つの誤りが百の災いを呼び起こしかねない。一等技官の中には全ての演算を脳内で行うという規格外の化け物がいるが、それはそうできるだけの才能があるからだ。そうではない人間が扱う演算機に、もしもがあってはならない。

 だから、ガラキは部下への指導を欠かさない。医療や心療とは異なる方法で、隊員たちの命を預かる部隊だ。ガラキはそのことに誇りを持ち、任務に当たっていた。


「っす……」

「タンジェロか、何しに来た」

「これ……」


 ガラキ以上の渋い顔で、大破した長刀型演算機を差し出したのは遊撃の二等戦闘官、「炎鬼」タンジェロ=フレアロア。ガラキはそれを無造作に受け取り、何度か検査用の演算式を通す。


「よくこんなになるまで使ったな?」

「や……訓練で……」

「ニギがいた?」

「っす……」


 渋い顔のまま小さく頷き肯定するタンジェロに、ますます渋い表情となるガラキ。一等きっての問題児、ニギとの訓練とあらばこの損傷具合も理解できる。何せ、演算機の中にある演算式からぐちゃぐちゃになっているので。


「一ヶ月」

「半月」

「最速で一ヶ月だ」

「っす……」


 渋々、本当に渋々頷いたタンジェロから演算機を預かったガラキは、その代わりにと長さの似た刀型演算機を倉庫から持ち出す。貸借表に名前を書き始めたタンジェロの横にそれを置き、ガラキは修理行程を思案し始めた。

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