第44話

 一方、隊長格の戦闘も佳境を迎えている。ニギとウルは、それぞれ演算士と歌唱士ながら接近戦を得意としている。今はお互いの肉と血が爆ぜ飛ぶ殴り合いの最中。

 ウルの爪に仕込まれている金剛石製の粉刃は、走らせ方によっては骨にまで到達する切れ味を誇る。それを制服の下に縫い込んだ鉄板で防ぎつつ、殴打用の指輪で顔面への一撃を狙うニギ。

 その周りを飛び回りつつニギへ回復系魔術を送っているのがヒイナで、それを阻止しようと全身変異状態とらのすがたで跳ね回るのがミネットだ。

 ヒイナは両翼を閃かせ、ミネットが届かないぎりぎりの高度を保ちながら魔術の炎を撒き散らす。味方の傷を癒し、敵の肺を焼くそれは、混戦状態で真価を発揮するもの。

 対してミネットは、その炎がウルを害さぬよう薄青の霧を漂わせるのが精一杯。これが地上戦であるならば、対格差もあり一咬みで始末できるのだが、ヒイナを引き摺り下ろさない限り続けるしかない。誰か一人でも演算士か歌唱士が来ればとは思うが、部下たちはそれぞれ交戦中である。


針剣乙女メイデン

「『あ゛ー』っ!!」


 そんなミネットの足下がばくりと割れ、数多の棘が生えた落とし穴が開く、も、ウルが発した単音ノイズオブアースで埋め尽くされる。ウルに迷惑をかけたと悔やむも一瞬、同じ失敗はしないと気を引き締める。


「お前今の流れでミネット狙うのはなしだろ!?」

断頭台ギロチン

「聞けよ!?」


 だからミネットは、ウルの補助に回るのではなく全力で跳躍し後退した。それでも伸ばした爪の先が音もなく切れる。風属性攻撃系演算魔術ウィンドドットアタックは属性的に効果範囲が広くなるものだが、想定よりも更に広かった。

 ミネットは思考する。ニギが自分を狙ったのは、ウルの動揺を誘うためだろう。ミネットが今の立ち回りを続ければ、ニギの魔術に対する囮にはなるが、ウルの集中を切らす要因にもなる。ならばミネットがしなければならないことは、他の隊員の支援だ。

 それでも最後にと水属性妨害系輪廻魔術アクア・ティグリスを吐き散らし、ウルの周りに霧の防壁を纏わせる。ざーんねん、とつまらなさそうに呟いたヒイナの声を背に、ミネットは疾駆した。


「ヒイナもあっち行っていいぞ」

「はーい」


 ニギの指示に従い、ひらりと飛び去るヒイナ。そうして一対一になったニギとウルの争いは加速し、二等以下では殴り合っているということしか解らない事態へと発展していく。

 実際、互いの魔術は発動している。しかして、妨害系魔術の応酬により傍目には何も起きていないようにしか見えない。ニギの一挙一動、ウルの悪態、それらの全てが魔術の発動に関係している。だがしかし、その均衡はついに破られた。

 きっかけは、ニギの目の色の変化。ニギは己の感情によって虹彩の色が変わる、感情異彩症を患っている。それ故に感情抑制剤の投与が義務付けられているのだが、ニギのそれは生半可な投薬でどうにかなるものではない。

 愉悦の金色、結びついている衝動は破壊。憤怒の紅色、結びついている衝動は殺人。二段階に染まり変わるニギの目は、同時に噴出する問題行動さえなければ美しいものだ。



 そして、ウルは綺麗な目玉が好きだ。



 暴力行為によって金色に染まったニギの目を見たウルには、余裕がなかった。だから、普段の訓練でなら抑え込める欲望が、そのまま行動として表出した。即ち、きらきらと輝く金色を、抉り抜いたのだ。

 盗った後は、逃げねばならない。折角手に入れた綺麗な目玉が、奪い返されないように。だから、ウルは一際大きく吠えると、ニギを突き飛ばして逃走に移る。

 無論この時点で見届け人こと監視員は迷いなく通報していた。主にニギの衝動表出に関してだが、ウルの盗癖も心療部隊による治療中案件だったので。だから、監視員は目を抉られたニギから、一瞬だけ意識を逸らしてしまった。


「……ぶち殺す」


 ごぼ、と訓練場全体を侵した濁流。それは敵味方関係なく脚を絡め取り溺死させる。そんな地獄を作り上げたニギの目は、これ以上なく濃い紅色だった。

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