第43話

 抑止庁ルーラーは凶悪犯罪者たちと対峙する職であるからして、戦闘技能が求められる。内務班や第四棟組などの例外はあるが、基本的な技能の習得が必須とされている。

 よって、抑止庁ルーラーには研修や訓練の機会が多々設けられている。それらの参加はほぼ任意であるとはいえ、強くなければ死ぬのは自分であるため、参加率は高い。

 その中でも特に実戦に近いものが、遊撃部隊との合同訓練である。何せ「殺人機」率いる戦闘官たちは、三等でさえそこらの犯罪者を軽く捻れる程の実力者なのだ。



 また、殺人に躊躇いがないことも。



 この日の合同訓練は、遊撃対強襲。滅多にない隊長格含めてのそれは、非番の他部隊員たちの娯楽でさえある。人間、どれだけ取り繕っても血沸き肉躍る様には興奮するものなので。


「またお前ん所の副隊長いねぇの?」

「出張中だからな」


 遊撃からは、隊長たる「殺人機」ニギ、元隊長補佐の「不死鳥」ヒイナ、「狂外科医」リコリスと彼女の傘下である「黒鮫」トルネと「吸血鬼」シュガリ、「炎鬼」タンジェロと彼の傘下である「賭博屋」カララ。

 強襲からは、隊長たる「踊子」ウル、副隊長の「化猫」ミネット、「糸鋸」ヴィクスンと彼女の傘下である「百目鬼」サーシャと「赤猫」マオマオ、「天邪鬼」オルコと彼の傘下である「青大将」カガチ。

 全員が異名持ちという中々見られない光景。観客たちは好き勝手に賭けを始め、今の所は遊撃が優勢。とはいえ、ヴィクスンのお気に入りであるサーシャがいるためいつもより偏りが少ない。


「医療もいるし、何でもありの全部ありでいいんだよな?」

「その代わり俺が楽しくなったら後は知らん」

「その前に死んだら問題なくない?」

「は、吠えてろ」


 開始前の煽り合いもそこそこに、全員が開始位置につく。訓練の見届け人(とは名ばかりで、実際はまずいことになったら速やかに関係各所へ通報するための監視員である)たる医療部隊の二等官が片手を挙げ、それが振り下ろされた瞬間。


焼灼牡牛ファラリス

「『わおーん』っ!!」


 理論上最大値の火属性攻撃系演算魔術ファイアドットアタックと、混合属性防御系歌唱魔術ポップオブウォーターダークによって吹き荒れる氷雪が衝突する。


「絶対やると思った!! 絶対やると思いました!!」

「隊長は三等のことも考えてくーださい!!」


 口々にニギへの文句を垂れながら散開するのは遊撃の面々。開幕と同時に最大級の攻撃魔術をぶちかますのは、ニギの悪癖。これが対犯罪者ならまだ誉められるが、相手は一応同僚である。


「ひえー!! すごーい!!」

「隊長愛してるー!!」


 強襲はと言えば初撃を防いだウルへ称賛の声。に、と唇の端を歪めて笑ったウルはそのまま首斬兎ジャックラビットと共に遠吠えを響かせる。それは無数の風の刃と化して遊撃へと襲いかかるも。


「あの茶色頭を狙うんですよ、あれがいると攻撃が通りにくいったら!」

「「はーい!」」


 魔術及び機械精霊アドオンの感知において二等をも凌ぐ能力を持つサーシャに狙いを定めたのはリコリスとトルネ、シュガリ。あからさまな殺気と視線に青褪めるサーシャの前に立ち庇うのはマオマオだが、それよりも先に彼女たちの上官が動いた。


「ワタシの所の子を狙うなら、八つ裂きの覚悟は出来てるよねぇ!」


 狐腕フォクシーが疾走し、複雑な糸檻を築き上げる。しかし、それはリコリスの予想範囲内。以前より言い含められていたトルネとシュガリは糸檻に突っ込む寸前に方向転換、彼等の陰に隠れて投擲されていた小刀が一つ、二つ、刺さり、爆ぜる。

 とはいえ機械精霊アドオンとして上位にある狐腕フォクシーを引き千切る威力はない。それもまた予想の内、本命は巻き起こる砂埃、その隙間から伸びた光の帯が、ヴィクスンでさえ通り過ぎ、さくりと切り裂いたのはタンジェロと交戦中だったカガチ。リコリスの機械精霊アドオン杓子定規ラダールーラーの「測定」から漏れた部位が切断された。


「は!?」

「貸しですよフレアロア!!」

「俺は頼んでない!!」

「押し貸しなんでぇ!!」


 あっははは、と高らかなリコリスの笑い声が響く。それさえも伏線であり、光属性技能系歌唱魔術インストオブライトによって輝きの増した杓子定規ラダールーラーが付近の人間の目を灼いた。

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