第41話

 海上周遊都市サイレンの真下には、海中牢獄都市ローレライがあり、幸福ではない人間が幸福になれるように「再教育」をしているのだとは都市伝説の類い。

 この風説に対して海上周遊都市サイレンの都市長にして幸福理想公社アルファ・ユートスフィアの社長であるアイドル=アイコンは、公的に否定している。

 海上周遊都市サイレンは嘘偽りなく幸福に満ちた都市であり、幸福ではない人間など存在していない。故に幸福になれるように何かを強制する場所などないと。



 それはそれとして、そんな噂の発端となった人間は行方知れずとなっているのだが。



 海中牢獄都市ローレライを統括しているのは、「しるべ」のサティスファイ家である。かの一族の人間は、他者の脳をどうこうする術に長けている。表向きには事務職に就いている労働者ワーカーの指導役となっているが、そもそも学舎で基本的なことを教えているためほとんどやることなどない。

 という他都市の機密情報を何故、抑止庁ルーラーが把握しているのか。それは、亡命者と呼ばれている存在がいるからだ。確固たる信条や強烈な自我、その他様々な理由によって海上周遊都市サイレンから逃げ出した人間たちは、己の保護を願い抑止庁ルーラーの門を叩くことが多い。

 それは抑止庁ルーラー職員に与えられる特権の一つに、他都市の法を無視できるというものがあるからだ。抑止庁ルーラーが守る「法律」は絶対遵守という制限はあるものの(守られていないことが多々あるがまぁそれはそれとして)、これにより海上周遊都市サイレンによる「再教育」を拒否することができるようになる。


「まぁ、あれは本当に良くない、『親友もそう思う』だろ? 『俺と同じ考えを持っている』よな?」


 そして桃髪碧目の彼もまた、亡命者の一人にして抑止庁ルーラー尋問部隊副隊長に上り詰めた男。元々の名を、カッツェ=サティスファイ。現在の名を、ケッヒェン=フライハイトという。

 ケッヒェンは、幸福ではない都市民や幸福を壊そうとする客人たちの相手を続けることに飽き飽きしていた。画一的に、寸分違わぬように、幸福な人間を作り続けるのは退屈な作業だ。そこには自由も何もなく、それこそ機械にでもやらせるべき仕事だと思っていた。

 だから、ケッヒェンはありったけの機密情報を手土産に抑止庁ルーラーへ転がり込んだ。抑止庁ルーラーの人間相手に仕事をした中で、彼等が実に自由であることに気付いたのだ。それに何より、彼等はとても面白かった。

 その転がり込んだ手練手管が評価された(「再教育」したと見せかけた抑止庁ルーラー職員を改めて洗脳……もとい、「親友」となって堂々と真正面から入り込んだ)ケッヒェンは、まず遊撃に回されて、数日後、地面に寝っ転がって駄々を捏ね回して異動を願った。


「『親友なんだから言うこと聞くのは当然』だろ? だって『親友同士胸を開いて話すべき』だもんな?」


 そもそもが間者ではないかどうかを調べるための配属だったためその願いは叶えられ、正式に配属されたのが尋問部隊。そうして、元々の手腕を遺憾なく発揮できるようになったケッヒェンは隊長に評価され、早々に副隊長として抜擢されて今に至る。


「さーて、と……じゃあ所属と目的をさくさく歌ってくれよな!」


 念入りに、刷り込むように、何度も幾重も闇属性妨害系歌唱魔術ノイズオブダークを聴かされた女は、「親友」の願いを叶えるために情報を垂れ流す。脳をどうこうされた女にとって、ケッヒェンの言葉は何をおいても従うべき、神託に近いものとなっているからだ。

 これこそがサティスファイ家の真髄、洗脳と調教を得意とする海中牢獄都市ローレライの中で最もつよい、カッツェの崇敬術であった。

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