第40話

 長々と諜報の待機室に引きこもって出てこない隊長をどうにかしてほしい、と遊撃の元隊長補佐(副隊長より権限は劣るものの、有事の際には隊長同等の権限を有する特殊職である)であるヒイナに泣きつかれたのが少し前のこと。

 そんな訳で大食堂に立ち寄り、差し入れを持ってきたという態で諜報の待機室を訪れたウルは、そのまま回れ右して帰ろうかなと思った。がしかし、一度頼まれたことはなるべくしてやりたいのも本音だったので、端末の画面を覗きながら野次を飛ばしていたニギとヘレシィの頭を叩くに留めた。


「何をする」

「何をじゃねぇよ、何してんの? ヒイナが泣いてたけど」

「や、今こそ見所なんですよ。ウル君も見ます?」

「そもそも何見てんの……何してんの?」


 渾身の疑問はニギの歓声によって遮られる。


「そこだ! 殺れ! ぶっ潰せ!」

「わぁ血飛沫、いや本当に何してんの!? え!? これ海上周遊都市サイレンだよな!?」

「今ですよ! やったぁ大当たり!」

「やったぁじゃねぇのよ!? あーあーあーラングヴァイレじゃん何させてんの!? ねぇ!?」


 画面の中では、黒尽くめの機人が魔術によって人間を圧殺している。くしゃくしゃと紙屑のように命が絶えていき、残った一人は両足を潰されて逃げも隠れもできなくされた。


「ヘレシィの所の三等が下手したからラングヴァイレに助けに行かせた、ついでに監視者ウォッチャーが潰れたらいいなぁと思ってたら思いの外潰されてて嬉しい」

「嬉しくはねぇよな!? まーた外交問題じゃん!!」

「いやぁ捕まって海中牢獄都市ローレライに連行されたら全部吐く危険性があったので先輩には感謝ですね、それはそれとしてざまぁみろ雌狐の目玉ども」

「ざまぁみろでもねぇんだよなぁ!! 三等が何の情報持ってるってんだ!!」

「まぁ吐かされて困るような情報は持たせてませんが」

「ほら見ろ!! ただただ監視者ウォッチャーが可哀想!! オレもあいつらのことは好きじゃないけどこれはただただ可哀想!!」


 三人揃うと常識を説く側に回りがちなウルが叫ぶも、ニギとヘレシィの心には届いていない。


「いやぁいいもの見た、俺の愛息子は本当に強くてかっこいいな、最高だ」

「えぇ、いいものを見せてもらいました。映像が荒くてちょっと残念でしたけど、逃げ惑う姿は見れたので満足です」

「いいものじゃなくない!? 迷惑の規模が都市と同じ!! どうして!?」

「どうしても何も、俺が海上周遊都市サイレン嫌いなのは周知の事実では?」

「そうですよ、先輩は感情のまま自由にしてるんですから怒らないでください」

「感情のまま……ってお前まさかとは思うけど薬は」

「くすり? なに?」

「急に知能指数下げんな!! 飲んでないなこれ確実に飲んでないな!? おらっどこにある出せ!! 今すぐ飲め!!」

「ヘレシィに盗られたからない」

「おい!!」

「部下にやったので手元にないです」

「愚かの極み遊諜!!」


 普段なら遊強諜とまとめられているが、今回に限っては遊諜である。ウルは頭を抱え、端末の緊急通報機能を発動させた。


『はいこちら医療部隊』

「ニギが感情抑制剤飲み忘れてるっつーか何かもう感情豊かになってるから急いで注射か何かしてお願い」

『緊急出動ー!!』

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