第39話

 舌禍ラングヴァイレとは、犯罪組織の名前であり、その頭目たる機人の名前でもある。黒髪黒目、青年と少年の間のような姿をしている彼は、闇属性の歌唱魔術を得意としていて、特に重力を操る術に長けている。

 彼は、海上周遊都市サイレンの社会、貴族と労働者どれいという身分制度に対して批判的で、公然と反周遊都市運動に勤しんでいる。同じように反周遊都市を掲げている宵蛍教団ルミエールとは協力関係にあり、海上周遊都市サイレンからは発見次第排除すべき対象として認識されている。

 さて、このラングヴァイレが喜怒哀楽フェイス製の機人であることは公然の秘密である。蒸気機関都市ザラマンド抑止庁ルーラーも、海上周遊都市サイレン幸福理想公社アルファ・ユートスフィアの社員たちも、ほぼ全員が知っている。しかし誰もそれを声高に訴えないのは、それを指摘する利益と指摘したことで起こるであろう不利益が全く釣り合わないからだ。


「百と三十二番は続けて追跡。二百と三番は百と三十二番の補佐。その他近隣で活動している汎用機は状況に応じて加勢、戦闘は不許可。繰り返す、戦闘は不許可」


 何せ、喜怒哀楽フェイス製の汎用機たちはほぼ全ての都市で何らかの職に就いている。とはいえこれは因果が逆で、求められたからこそそこで働いている。そして、一度汎用機が入り込んだ場所では、彼等なしの日常など考えられなくなる。

 これは、映写物収集搭グラフィウスこと「搭」で起こったものと同じ現象だ。個人用端末で撮影した写真や動画を気軽に保存・公開できる上にそれを通じて他都市の人間とも交流できる「搭」は、若年層を中心に大流行し、今や生活必需品とさえ呼ばれている。その映像情報が、抑止庁ルーラーによって秘密裏に収集されて利用されているとしても。


「追跡は二百と五番に交代。補佐は変わらず二百と三番。居住区を出た時に監視者ウォッチャーが動くだろうから、そこで俺が出る」

『「舌禍」、今話せる?』

「三分なら。「蛍姫」の用件は?」


 汎用機たちに指示を飛ばしていたラングヴァイレは、個人用端末に入った通信を開く。画面に映るのは、燃え上がる蛍の紋章。それは宵蛍教団ルミエールの団章だ。


監視者ウォッチャーが五人、貴族居住区へ向かっているけれど』

「その件で今対処中です」

『私の信者?』

「犬関連ですね」

『手助けは?』

「……五つ程度なら問題ありませんが」

『ふーん……一人くれない?』

「ならそのように。こちらは二頭を飼い主の家まで送り届けなければならないので、引き取りに来てください」

『わかった、大司教に行かせる』


 ぷつんと途絶えた映像と音声。ラングヴァイレは頭の中で諸々を計算し、演算し、現場へ向かうことにした。

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