第34話

 わっ、と天高く響き渡る歓声。青空が写し出されたような、青と白銀の光が広がる。ケンとキルシュがそちらに目を向ければ、壮麗華麗な山車の上に、銀髪碧眼の少女が一人。

 煌めく波飛沫を模した装飾の中、海原の青を織り出したような衣装。無邪気に無垢に、心の底から幸せそうな笑顔を振り撒く彼女こそが、海上周遊都市サイレンの都市長にして同都市一の演者アクター幸福理想公社アルファ・ユートスフィアの社長、アイドル=アイコン。


『みんな~! 毎日幸福~?』


 歌唱機によって増幅された呼び掛けに応じ、青と白銀の光が揺れる。細棒灯は、海上周遊都市サイレンでの必須装備だ。好きな演者アクターの象徴色を点して振る。様々な色を点しながら踊る。そして今のように、都市長の声に応えるなど。


『うんうん! 毎日最高に幸福ね! それってとってもいいことだわ! ねぇそうでしょう?』


 正しく波の如く、寄せては返す光の群れ。アイドルは両手を掲げ、高らかに歌った。海乙女サイレンの象徴色たる青色が、世界を満たす。


『御客様へ最高の幸福を! それこそが我々、幸福理想公社アルファ・ユートスフィアの幸福! みんなが幸せ、こんなに素敵なことってあるかしら? あるのよ、海上周遊都市サイレンならね!』


 混合属性技能系歌唱魔術インストオブウォーターライト。薄く柔く広がる水滴と乱反射する光の粒子が、幻想的な彩と化す。アイドルの周りを走る虹の帯、夢色の霧が揺らぎ揺蕩う。

 アイドルと同じ歌唱士であるキルシュは、それらが超絶的な技巧によるものだと察して息を呑んだ。水属性と光属性にはそれなりに親和性があるものの、こと微細な調整が難しい歌唱魔術において、混合属性を過不足なく扱える人間は少ない。


『さぁ、楽しみましょう、幸せに過ごしましょう! 我々、幸福理想公社アルファ・ユートスフィアは、御客様に最高の幸福をご提供するためなら、何でもいたします!』


 抑止庁ルーラーの長官にして蒸気機関都市ザラマンドの都市長であるカノトもまた大規模な魔術を行使するが、それは統制のしやすさに定評がある演算魔術を、単一属性で、階差機関を用いてのことだ。

 魔術の効果範囲が広い代わりに、微調整が利かない拡声器型歌唱機であれだけのことができるなんて。キルシュは、言葉にこそ出さなかったが、この時点で心が折れかけてしまっていた。

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