第29話

 蒸気機関都市ザラマンドには機械専門店が林立している。それこそ、石を投げれば機械屋に当たるとは他都市での噂だが、概ね真実でもあった。

 何故ならば、蒸気機関都市ザラマンドは技師が集まって生まれた都市だから。八脚蜥蜴ザラマンドが発する膨大な熱量を何とかして活かすことができないかと、技師たちが作り上げた巨大な自走機械ゆりかごこそが、蒸気機関都市ザラマンドだから。


「技官候補は大体工房や製作所に散っちゃうんで、やはりそこは広報部隊に頑張ってもらうしかないんですよねぇ」

「俺が装備部隊に」

「ニギは許されたとしても開発部隊じゃね?」

「先輩とジア一等補助官の組み合わせとか悪夢の化身では?」


 緑髪紫目は諜報のヘレシィ、黒髪黒目は遊撃のニギ、緑髪金目は強襲のウル。陰に日向に問題児組だの三馬鹿隊長だのと呼ばれて親しまれつつ恐れられている三人は、抑止庁ルーラーの大食堂で間食を食んでいる。

 今日の昼の間食は揚げ饅頭。外の屋台で揚げ饅頭を食べて毒殺されかけた三等官がいたとかで、暫くの間は大食堂で屋台飯が提供されることとなったのだ。ヘレシィは緑豆餡、ニギは紅豆餡、ウルは乳酪入りの饅頭をもちもちと頬張っている。


「なぁにー? アタシの話ー?」

「まぁそうですね」

「今年も技官が少ないなと」

「何かこう、求人広告? とか何とかなんねぇの?」


 そんな三人の腰から下、つやつやの桃髪にきらきらな緑目、人種にしては珍しく色白なジェニアト成人女性がちょこんと立っている。彼女の名はティル=リード。三人の話題に挙がっていた、広報部隊の隊長である。

 よいしょ、と椅子によじ登り座り込んだ彼女の姿は、その淡い色合いもありノスタリアの子どもにしか見えない。しかして、彼女もまた抑止庁ルーラーの一等官であり、この三人に躊躇なく声をかけられる程度には諸々が壊れている。


「求人広告ねー……うーん、今年は戦闘官重視で作ってたからなー……」

「あぁ、どこかの部隊の二等官がえげつない教育を施したせいで一気に辞めちゃいましたもんね……聞こえてますか、耳を塞ぐな」

「何でヘレシィは人事のこと嫌いなのに人事の味方するんだ? 獅子身中の虫たる内務班は滅んで然るべきでは?」

「人事の味方っつーか、オレもその件については強く抗議するけど」

「味方がいない……」


 呆然とした表情で虚空を見詰めて呟くニギの姿を、ティルが笑う。きゃらきゃらと高い笑い声は、しかし何に障るでもなく、軽やかに響いていた。


「諜報と強襲と、それから給養からも抗議されてなかったー?」

「機人は味方だからいいんだ」

「機人を味方に数えるのは止めません? 数の暴力が酷い」

「技師としては文句なしの一等なのに、頭がおかしいばっかりに……」

「ウルも大概だろうが、ここにいる半分は心療通いだぞ。寧ろまともな人間こそ少数派だと知れ」

「四人中の二人を過半数と言われても困るんですけど」

「ニギん所のお歴々よりはまともじゃない?」

「じゃなくなくないー?」

「おい止めろ否定形を重ねたら条件文が壊れてもっとおかしくなる」


 三人から一つずつ揚げ饅頭を譲ってもらったティルは、またしてもきゃらきゃら笑う。生産性の低い昼下がり、どうにも締まらない駄弁り場であった。

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