第28話

 蒸気機関都市ザラマンドの飲食店や商店では、高確率で喜怒哀楽フェイス製の汎用機が働いている。侍女型或いは執事型と呼ばれている彼女或いは彼等の接客技術は千紫万紅ミルフィオレの細やかさには敵わないものの、一定の水準を満たしている。

 それも当然、汎用機の信条はその名の通りの汎用性。特に定型応答において、汎用機はその機能を十全に活かすことができる。一切揺らぎのない平等な対応が望まれる場でこそ、本領が発揮できる。


「それ以上の行動をされた場合、排除行動に移ります……規定により、お客様は侵入者となりました。排除行動に移ります」


 淡々とそう述べた侍女型汎用機アンは、会計でがなり立てていた巨漢の腰に手を回し、軽々と抱え上げた。見た目はたおやかな少女にしか見えないそれが、機人だと気づいたのはその瞬間。


「この店は粗悪品を売りつけた挙げ句に機械に対応させるってか!!」

「粗悪品と仰られた商品ですが、検品及び提供時に瑕疵がないことは証明されております。また現品を確認させていただきましたが、想定外の運用による破損は補償対象外となります」

「この店の演算機で怪我したってことには変わらねぇだろうが!!」

「想定外の運用による破損は補償対象外となります」


 ぶん、と店の外へ放り投げられた男が宙を舞う。地面に叩きつけられた男は、腰から拳銃型演算機を抜こうとして、それが会計に置き去りのままになっていることに舌打ちした。

 男は、恐喝犯であった。演算機専門店を標的とし、その店で購入した演算機が壊れたがために負傷したと言いがかりをつけて、金品をせしめるという犯行を重ねている。今回もまた、いつもと同じようにごね始めたのだが、相手が悪かった。


「この場合の想定外の運用とは、演算機に対して故意的に物理的衝撃を与えることを指します」

「はぁ!? 何を根拠にそんなこと……」

「演算機に搭載されている映像記録媒体には、演算機を鉄柱の側面に叩きつけている様子が残されていました」

「演算機に搭載って……」

「店主様は演算機専門店を狙った恐喝を憂いていました。いずれ己の店へ目をつけた時のためにと、異常を感知した際に起動する映像記録機器を全商品に取りつけております」


 そう言って、ことりと首を傾げる侍女型汎用機アン。その黒い目の無機質さが、僅か、男に恐怖を覚えさせる。まるで自分のことを、人間だと思っていないような、道端に落ちている小石に偶然視線が向いた時のような。


「今、この場で謝罪して帰るならばこれ以上の対応はいたしません。ですが、これでもまだ当店が悪いと宣われるならば、私は喜怒哀楽フェイス製の侍女型汎用機アンの一人としてお相手いたします」

「バカなことをっ……」

「それではよろしくお願いします」


 刹那、激昂した男の意識が急速に冷える。細く柔らかな腕が伸ばされ、蛇のようなしなやかさで五指が食い込む先は喉。呼吸と血流を的確に阻害され、じたばたと暴れるも侍女型汎用機アンの指は外れない。

 そこで男は思い出すのだ、喜怒哀楽フェイスの機人の特徴を。彼等には様々な特徴があれど、何より、あの「殺人機」の子どもたちなのだと。そうーー戦闘に適した大罪セブンス憤怒イーラたちさえ上回る、戦闘力の持ち主だと。

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