第24話

 その名前は、蒸気機関都市ザラマンドでも悪名高い。「狼男」のウル、緑髪金目のノスタリア男性。異名の由来になっている、咆哮に似た歌唱魔術による広範囲破壊と殺戮によって、数多の被害者を生んで指名手配されている。

 最初に動いたのは三十三番。土竜モールスの全社員に叩き込まれている緊急事態対応法に従い、一撃目は緊急応援要請、二撃目は目眩まし。光属性技能系演算魔術ライトドットスキルによる閃光、相手が一瞬立ち竦む間に、顔を覆っていた機械精霊アドオンを解放する。


奏鳴ソナー、最大音量!!」


 ばらりと宙に広がった奏鳴ソナーは、その全身から大音量の警報音を放つ。それは、自分たちの位置を周囲の人間に知らしめると同時に、歌唱魔術を相殺する。

 それは、通常の歌唱士相手ならば有効打と成り得ただろう。実際、土竜モールスの対応法としては、相手の魔術の発動を妨害し、その間に逃げることを基本としている。しかし、それは「狼男」相手には悪手だった。


「何だぁ? うっせぇなぁ……うっせェっつってんだろォがっ!!」


 奏鳴ソナーの警報音を上回るウルの咆哮、反響する、反響し続ける。そんなウルの頭上には、一対の角のような機械精霊アドオンが浮かんでいる。三十三番が自身の失策を悟った時には、既に遅かった。機械精霊アドオンには序列と相性があるーー「送信」「受信」を主体とする奏鳴ソナーは、「反響」を主体とする首斬兎ジャックラビットに競り負けた。

 わんわんと空間を満たすウルの歌唱魔術は、ウルに憑いている機械精霊アドオン首斬兎ジャックラビットによって増幅されて敵味方関係なく影響を及ぼす。光属性妨害系歌唱魔術ノイズオブライトによる平衡感覚の喪失、ちかちかと明滅する視界に耐えられず、真正面から受けた三十三番が最初に倒れ込んだ。

 続いて、近くにいた偏執曲芸団パラノイア・サーカスの三人が膝をつく。三十三番に庇われる形となった三人はまだ立てているが、時間の問題だ。フィニスは、ここから生きて帰るにはどうすればいいかを必死で考えるも、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されているような不快感と目眩が止まらない。


「お? 歌唱士かぁ? でェ、これからどォすんの? 何してくれんのォ?」


 そんなフィニスに、ウルは興味を抱いたらしい。にまにまと楽しそうに笑って、フィニスの次を促す。この油断を利用できれば、と思った、その瞬間だった。


「……犯罪者は、死ねぇっ!!」

「あ?」


 フィニスではなく、彼女が動いた。拳銃型演算機から放たれたのは、風属性攻撃系演算魔術ウィンドドットアタック。鋭い風の刃は、真っ直ぐにウルへと襲いかかった。


「あーあ、興醒めェ……もー、じゃれるんなら餓鬼相手にでもしてろっての」


 が、しかし、首斬兎ジャックラビットの放った一音に吹き散らされる。彼女は抑止庁ルーラーを自身の進路と定める程度には強い、はずだった。呆然と立ち尽くす彼女の首は、次の一音で落とされる。もう一人はとっくに気絶して倒れているため、今ここで意識を保っているのはフィニスとウルだけだ。


「で、お前は……」


 フィニスは、隠し持っていた振鈴型歌唱機を取り出そうとした。せめて一矢報いなければ、こんなの、理不尽で、理解不能で、正しくない。そう、これは正しくない。「狼男」も、彼一人に蹂躙された彼等も、誰一人として正しくはない。そう、思い詰めたフィニスが、す、と息を吸った刹那。


「お、丁度良かった、現行犯ってやつだな。リッター、平らげろ」

「マスターの命令を受諾……鏖殺します」


 ウルが、何かに吹き飛ばされた。最高速の乗機に轢かれた人間(記録によれば、違法改造された乗機は時速三百粁を出したそうだ)のように。それでも咄嗟に防御したらしく、岩壁に半ばめり込み小さな傷を無数に負ってはいるものの、二足で数歩、歩き、立つ。そうしてウルとフィニスは、突然の乱入者へと目を向けた。

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