第23話

 土竜モールスとは何か。土竜モールスとは地下無法都市ノームズ全域の案内人派遣会社である。社長である「土竜」が日々の糧を得るために始めた案内業が徐々に拡大し、今では都市外の人間が安全に地下無法都市ノームズを行くならば欠かせない存在となっている。

 社員は番号で管理されており、二桁台の案内人はその経験に応じて契約料も高価だ。無論、それだけ安全が確保されるということでもあるので、生きて入出都したい人間は二桁、それもなるべく若い番号の案内人と契約する。

 フィニスも漏れなくそうであった。欲を言えば二桁でも十番台が良かったのだが、修学旅行費として支給される金額との折り合いがつかなかった。とはいえ、三十番台でも八層までは問題なく案内可能であるため、旅程と比較すれば随分用心深いといえる。


「あれ? お前ら何してんの?」

「フェア様!?」

「フェア様こそいかがされましたか……?」

「え~……と、そのぉ~……」


 と、フィニスの耳に入った声。若い男性、と、思われる。潜んでいたらしい男二人、女一人は表に出てきたらしく、その声には困惑と怯えが滲んでいる。


「オレ? 何か目障りなのがいたから潰してきたとこだけど」

「げっ、そいつ……!!」

「まさか土竜モールスに手出しを!?」

「まずいって~!!」


 どさ、と何か重たいものが落ちた音。隣から動揺の気配。どうやら応援にこようとしていた土竜モールスが、運悪くどうにかされてしまったらしい。外の音源は四人、とすれば既に生きてはいないだろう。


「だって、オレの前に出たんだぜ? 殺すしかないだろ?」

「あーあー大問題……!!」

「これは団長に報告すべきでは?」

「でもさ~……フェア様が……」


 団長、という言葉にフィニスは思い至る。地下無法都市ノームズのみならず、蒸気機関都市ザラマンドでも悪名高き、彼等が所属していると思われる犯罪組織の名は。


『偏執曲芸団との遭遇

 これより先は御客様の安全のみを考えて行動

 指示を聞かなかった場合の負傷及び死亡は補償対象外』


 偏執曲芸団パラノイア・サーカス。彼等の信条は「弱肉強食」であり、強ければ強い程、組織の中での序列も高くなり、比例して我欲のままに振る舞うことが許される。逆にいえば、弱者には人権すらない。

 三十三番が示した帳面の文字列も、何ら過剰ではない。それだけ偏執曲芸団パラノイア・サーカスは悪辣であり、何よりその団員のほとんどに、殺人に対する忌避がない。正しく神を畏れぬ狂人の集団。

 流石に彼等との交戦は分が悪いと思ったのか、大人しくなった彼女に視線を向けたフィニスは、そこで違和感を覚えた。音が、近づいてくる。真っ直ぐに、こちらに。何が、と思う間もなかった。


「かくれんぼぉ? へったくそぉ!」


 げらげら、哄笑。土属性妨害系歌唱魔術ノイズオブアースによって暴かれた岩壁、露になるフィニスたちの姿。真っ先に見えたのは、ぼさぼさの緑髪、ぎらぎらと輝く金目。そして、くぁと開かれた口内の、鋭く長い牙。


偏執曲芸団パラノイア・サーカスの「狼男」、ウル様だぜ!! 刮目注目大喝采ってなぁ!!」

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