第21話

 抑止庁ルーラーとは、法律を守る番人であり、法治の象徴である。蒸気機関都市ザラマンドに本部があるこの組織は、長官と、一等官から三等官までの職員で構成されていて、その中で戦闘官と補助官に分けられている(技官と呼ばれる者も存在するが、補助官との兼務がほとんどだ)。

 フィニスの友人である彼女は、そんな抑止庁ルーラーに入庁して、戦闘官として働くことを望んでいた。彼女と彼女の家族は犯罪者に殺されたことがあり、その時の悔しさや悲しさが彼女の原動力になっている。自分のような思いをする人間が減るようにと、彼女は願っていた。

 フィニスは、彼女の考えの一部を肯定し、一部を否定している。殺されることは確かに悔しいし悲しいだろう、しかしてだからといって戦闘官を目指すかといわれれば否だ。だって神はいつだって話し合いによる解決を望まれているのだから。


「今日はぁ、これから四層の近くまで行ってぇ……それから三層で晩ご飯を食べてぇ、二層の宿屋に行くってことでぇ」

「はい、よろしくお願いします」


 案内人である三十三番の言葉に、軽く頷き同意を示すフィニス。三十三番は、にこにこと笑ったまま歩き出す。


「えーとぉ、旅程見たら随分調べてる感じだったけどぉ、まぁ僕らも御商売だからねぇ。四層に着くまでにざーっくり、地下無法都市ノームズのことを説明させてもらいまぁす」


 三人が問題なく自分の後を歩いてきていることを確かめてから、三十三番はそう告げた。人通りの多い通路を避けて、なるべく灯りの点いているーー今日の時点で、誰かが先に通過した形跡のある通路を選んで進んでいく。


「まずは表層! 他都市からの入都はここにある門からしかできませぇん、君らは蒸気機関都市ザラマンドからだからちょっと時間かかったんじゃないかなぁ? 抑止庁ルーラーと仲の悪い人らが多いからねここは……」


 何せ、できたばかりの通路には憤怒卿ノームズがまだ在るかもしれないから。地下無法都市ノームズでの死亡理由の上位に入っているのが、憤怒卿ノームズの破壊に巻き込まれたが故の圧死である。


「で、一層は何もない……いやぁ、あるといえばあるけど、主要な場所ではないって感じぃ? 要塞都市ドゥームなら地上部って感じかなぁ。抑止庁ルーラーの人が張り込みしてるのをよく見かけるねぇ」


 曲がり角の前で立ち止まり、顔を覆う帯に手をかける三十三番。きぃん、と響いた音にフィニスが気づいたのは、彼女が歌唱士であるからで。何の音だろう、と口にする前に、三十三番が言葉を続ける。


「二層は、今夜の宿がある場所でぇ、憤怒卿ノームズが入ってこれないように、海流乙女サイレンの加護を期待した水路が特徴だねぇ。実際、水の流れがある場所ではかの精霊の破壊が少ないってのでぇ……気を付けてねぇ、落ちてもぐるっと一周して戻ってくるだけだけど、それまでに溺れちゃうだろうからぁ」


 三十三番が、ぴたり、立ち止まり目前の橋を指差す。こっちこっち、と誘われて覗き込んだ濁流は、呑まれたらとはあまり考えたくはない深さと速さだった。


「ここを渡ったら三層だけどぉ……ここまではまぁゆるっとしてても大丈夫だけどぉ、一応君らも気を付けてねぇ?」

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