第20話

 地下無法都市ノームズは、大精霊である憤怒卿ノームズによる破壊と再生によって常に形が変わっている都市である。昨日使えた道が今日は使えないなんて日常茶飯事で、だからこそ犯罪者たちが拠点を構えやすい。

 抑止庁ルーラーもここが犯罪者たちの巣窟になっていることは重々承知しているが、その特性故に一斉検挙とはいかないというのが現状である。無論、常々偵察やら何やらは送り込んでいるが、顕著な成果は上がっていない。


「安心安全な地下無法都市ノームズ観光には、安全安心な案内人を! どぉも、土竜モールスの三十三番でぇす。修学旅行? それとも観光? どんな目的でも大丈夫ですよぉ!」


 ぱっ、と両腕を開いてにっこりと笑った、自称三十三番、ジェニアトの男(ジェニアトは人種の特徴として小柄、童顔が多い。この男も見た目はバリアルタの幼子のように見えるが、とうの昔に成人していた)の顔には、片目を覆うように機械精霊アドオンらしき光る帯が巻きついている。

 蒸気機関都市ザラマンド立高等学校に通う学生であるフィニス=フローラは、今回の旅の予定を書き付けた帳面を彼に差し出そうとして、片膝をついた。


「あの、修学旅行で……旅程はそこに書いているように、進められればと……」

「はいはぁい、ちょっと読ませてくださいねぇ……うん、うん。特に無理な行程もないしぃ、これなら大丈夫! 三日間、安心安全な旅をお約束しまぁす!」


 ぱらぱらとそれを流し読みした三十三番は、にこにこと笑ったまま帳面を返す。フィニスも、フィニスの後ろにいた学生たちも、ほっとしたような表情になる。彼等は高等学校の修学旅行(蒸気機関都市ザラマンドの高等学校では、修学旅行として学生たちに全て自分で計画し、実行させている)で地下無法都市ノームズを訪れたのだ。

 多くの学生は観光目的で海上周遊都市サイレンを旅先に選ぶが、フィニスたちはそれぞれ目的があって地下無法都市ノームズを旅行先とした。

 フィニスの右斜め後ろにいる男子は高等学校卒業後に演算機工房に就職することが決まっているため、他都市の工房を見学させてもらうために。左後ろにいる女子は抑止庁ルーラーの入庁試験を受ける前に、法治の届いていない都市を見るために。

 そしてフィニス自身は、蒸気機関都市ザラマンド以外の都市での生き方を探すために。彼女には夢も目標もなく、高等学校卒業後は大学校に入学する予定だったがーーこの機会に、見聞を広めようと思ったのだ。

 生来真面目なフィニスであるため、旅程の計画は綿密に。犯罪組織の拠点がある五層より下には絶対に入らないように配慮していた。幾ら授業で魔術を習っているとはいえ、それは自衛のためのものであり、積極的に攻撃するためのものではないからだ。

 それにそもそも、法律は理由なき加害、許可のない戦闘行為を許していない。とはいえ、彼女はそちらを望んでいたようだけれど、とフィニスは内心で呟いた。

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