第19話

「別にね、敢えて犯罪者を起用している訳じゃないんだよ」


 抑止庁ルーラーの長官、蒸気機関都市ザラマンドの都市長でもあるカノト=ササガネはいつかの新聞記事でそう語っている。あくまでも犯罪者の刑務として抑止庁ルーラーの職員として働かせているだけで、そこに他意はないのだと。


「だって、考えてもご覧よ。捕まって無理矢理働かされている人間より、自主的に幸福のために働いている人間の方がありとあらゆる面で効率的だろう?」


 だから、とカノトは少しだけ笑った。傍目からは唇の端が僅かばかり痙攣したとしか見えずとも、それはカノトなりの笑顔だった。カノトは法律の遵守による幸福を謳う蒸気機関都市ザラマンドの頂点に君臨している。故に、妄りに感情を表しはしない。


「そして、最終的な結論を言うならば、僕が出るのが一番効率がいい」


 そう言って、カノトは携えていた大旗の、石突きで地面を突いた。瞬間、世界の空気が変わる。八脚蜥蜴ザラマンドの加護を受け、蒸気機関都市ザラマンドの全てを管理する人間の、薄い煙のような笑み。


七生報国ナナツオ


 通常ならば、一対三百など正気の沙汰ではない。しかもその一は組織の長、都市の長。軽率な死が許される人間ではない。しかして、カノトは自ら戦場に立ち、旗を振る。

 それは、彼の言葉通り、それが一番効率がいいから。特に一対多の局面において、彼以上に効率よくーー人間を焼き殺せる者など、そうはいないから。

 抑止庁ルーラーが所持している階差機関である七生報国ナナツオ抑止庁ルーラーの象徴である、歯車の上で火を吐く八脚蜥蜴ザラマンドが金銀魔石糸にて刺繍された、大旗型演算機。その効果は、一振七倍。


火属性攻撃系演算魔術ファイアドットアタック


 本来ならば人間を一人焼く程度の出力が、七生報国ナナツオを振る度に、七の七の七の七の七の七の七倍。地下無法都市ノームズの表層は、そこに屯していた犯罪者集団ごと、地獄の燎原と化した。砂地でなければ延焼による二次被害が甚大なことになったであろう、圧倒的な暴虐。

 そうして、三百の命を一瞬にして焼き尽くしたカノトは、僅かばかり目を細めた。傍目には、目の端が痙攣したようにしか見えなかったが、それもまた。


世界再生機構バベッジだけは見つけ次第根絶やしにしておかねばならないからね。全く、サイトウを狙うなと何度釘を刺せば理解するのかな……」


 一陣の風が、人間だったものを吹き飛ばしていく。それらは、黒く細かな砂塵となって、地下無法都市ノームズの周辺に散らばっていった。

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