第18話

 マオマオは、抑止庁ルーラーを発狂者の巣窟だと思っている。「糸鋸」もとい「鏖殺狐」は言うに及ばず、「殺人機」「狼男」「化物」、「双剣」「火吹女」、「火熊」や「厄災」なんてもう。

 だから、マオマオは抑止庁ルーラーの長官も苦手だ。蒸気機関都市ザラマンドの都市長を兼務しているカノト=ササガネ。黒鉄と呼ばれる、黒髪黒目のバリアルタ。あの感情の読めない、真っ黒い目が怖くて仕方ない。

 しかして、マオマオは受刑者なので、彼の采配に従うしかない。マオマオが所属していた悪徳銀行バンカーバスターの信条は「富の再配分」。賠償金の支払いができるような貯えはなく、自分で稼ぐにも美人局くらいしか方法がわからない。


「っ……!!」


 そうして送られたのは強襲部隊、殺人すら犯す凶悪犯と直接対峙する戦闘系部隊。ここでマオマオに求められているのは、後衛の歌唱士たちを守る肉の盾となることだ。交差した両腕、肉を断ち骨を半ばまで砕いた長刀。マオマオは火属性輪廻魔術イグニス・カッツの出力を高め、自身に生えている猫耳と尾の先に火を点した。

 長刀を食い込ませたまま再生する骨肉。激痛に顔をしかめつつもマオマオは退かない、退けない。自分がここで逃げ出せば後衛の歌唱士たちが殺される。そうなれば総崩れだ。


「うー……にゃー!!」


 ぼっ、とマオマオの全身から炎が噴き出す。それは長刀を手を手離すのが遅れた敵を焼く。反射的に顔を庇って、それからのたうち回る相手を蹴り飛ばし、マオマオは鋭く息を吐いた。

 猫には九つの命があると言われているように、猫に変異する輪廻士は耐久性が高い。それは尋常でない回復力や、驚嘆すべき持久力などに表れる。マオマオは前者であり、業々ごうごうと燃え盛る炎を纏う彼女の、腕の傷は既に塞がっている。


「撤退!! 撤退!! 二等が死んでたら巻き返せないにゃ!! てったーい、にゃー!!」


 まだ息が残っていたかもしれないが、マオマオは敢えて、前線にいた二等官が死んだと断言した。そもそもこうして後衛の間際まで敵が圧してきている時点で、敗走は確定なのだ。後からねちねちと嫌みを言われるかもしれないが、誰だって死にたくはない。

 それに、マオマオはここにいる三等官たちの生命線だ。マオマオが倒れたなら、それこそ拷問された挙げ句の皆殺しになるだろう。世界再生機構バベッジの構成員は、後顧の憂いを断つためなら何だってする。


「さっさと逃げてくれないと、アタシが死んじゃうにゃー! この人殺しー!」


 それでも悩み、ぐずついている三等官に向かって叫ぶマオマオ。人殺し、と呼ばれて始めて逃亡に移った三等官たちを横目に、最後の仕上げとマオマオは己を奮い立たせた。

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