第16話

 ヴィクスン=フィーロ、抑止庁ルーラー強襲部隊の二等戦闘官。所謂、懲役組であり刑務期間は残り十五年。これでもかなり短縮された方で、目下の目標は刑務期間を残り五年にすること。

 金髪緑目のノスタリア成人女性で、ノスタリアとして平均的な体格ながら、演算魔術に最適化された思考回路と機械精霊アドオン狐灯フォクシーの権能により抑止庁ルーラー内でも十指に入る戦闘官である。


「良かったねぇ諸君! とはいえ履歴抹消はかおくり奉仕活動ぶんたいおくりのどちらが幸福かは個人の主観によるものだがね!」


 掲げた両腕、交差して、拳を握る。ヴィクスンの動作によって、狐灯フォクシーの腕ーー輪廻士でさえ視認困難な細い細い糸が、犯罪者たちの体を締め上げ骨を折り砕く。接続と切断を権能として持つ狐灯フォクシーならば、わざわざ粉砕せずとも八つ裂きにすることは容易いが、ここで殺人免状を使う訳にはいかなくなったので。


「じゃあ君たちは彼等を第四棟へ連れて帰ってね。ワタシは副隊長から頼まれた仕事を終わらせてから帰るから」

「わかりました」

「お気をつけて!」

「君たちに心配されるような仕事はしないさ。まぁ、気遣いは受け取っておくよ」


 四肢を砕かれ抵抗の術を奪われた犯罪者たちを部下に預け、ひらひらと手を振るヴィクスン。その指先が滑らかに弧を描き、ヴィクスンの体が浮かび上がる。

 魔術ではない。緻密な計算の上で張り巡らされた狐灯フォクシーの腕による技である。ヴィクスンを知らない初見の人間は、風属性か闇属性の魔術かと警戒するが、機械精霊アドオンの仕業だと気づける者は少ない。


「さて、点線ドットアンドライン君は何て?」


 ヴィクスンが問いかければ、狐灯フォクシーに走る微細な振動。それを指先で感じ取ったヴィクスンは、指を三本立てて、折る。刹那、宙を滑るヴィクスン。蒸気機関都市ザラマンド南部低層の、脱法建築群の間をひらひらと潜り抜け、指定の場所へ向かう。


「やぁやぁワタシはヴィクスン=フィーロ! 人はワタシを奇術師と呼んでほしい! どうして皆はワタシに後ろ指を指して酷い名前で呼ぶのかな? 一体全体皆目理由がわからないよ!」

「ぎゃっ本当に来た!!」

「「鏖殺狐」ォ!?」


 三区の路地裏、どちらも同じ程度に負傷している強襲部隊員たちと大天災ジーニアスの研究員たち。彼等は宙に浮かんでいる(狐灯フォクシーの糸に乗っているのだが不可視の糸であるため)ヴィクスンを見て悲鳴を上げた。


「「鏖殺狐」って呼び方、可愛くも美しくもないから嫌いなんだよね。ワタシの狐灯フォクシーに対しても失礼だもの。そうは思わない?」

「俺たちで何とかできますんで!! お帰りください!! フィーロ二等戦闘官のお手を煩わせるようなことは何もございません!!」

「何でコイツが出てくるんだよ!! 抑止庁ルーラーは人材運用が馬鹿だ阿呆だとは思ってたけどそれにしたってさぁ!!」

「ワタシも頼まれた仕事はしないとだからね、残念ながらこのままさよならとは言えないんだ。さぁて、天高く、空中神殿都市ジルフェにまで届くような……断末魔を奏でようじゃないか!」


 開幕は強襲部隊員の一人が空中に吊り下げられ、逃げる間もなくばらばらに切り裂かれた光景。宣言通りの断末魔を奏でさせながら、ヴィクスンは爛々と、活々いきいきと、その目を輝かせて両腕を振るった。

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