第15話

 さて、「化猫」ミネット=シェノンとは何者なのかと問われれば、問われた者によって答えが異なる。曰く、海上周遊都市サイレンからの亡命者である。曰く、「花姫」の異名を与えられた偏執曲芸団パラノイア・サーカスの団員であった。曰く、曰く。その全ては等分に正解であり不正解である。


「副隊長! ご報告が……」

「あぁ?」


 ある日の強襲部隊待機室、ミネットしかいないと思い話し出した三等補助官は、外れを引いたと直感した。常の柔らかな雰囲気は欠片もなく、器用に片目のみを歪めて舌打ちするミネットを、知る人は「黒猫」と呼んでいる。


「すみません、急ぎで伝えなければならなくて……」

「なら早く言えよ、オレらは暇じゃねぇんだから」


 傲慢さが溢れる、顎での指示。三等補助官は吃りつつも報告を上げた。巡回に出ていた三等戦闘官たちから救援要請があったのだ。恐らくは大天災ジーニアスの研究員たちと交戦状態になり、圧されていると。


「ふぅん……」

「それで、今出れる分隊を出そうと……」

「何で?」


 ぽんと、ミネットの口から飛び出した疑問。三等補助官は、説明が解りにくかったのかと青褪める。が、ミネットの何では根本的な問いであった。


「交戦状態になったって、あっちから仕掛けてきた訳じゃねぇだろ?」

「は……いえ、でも」

大天災ジーニアスは武闘派じゃねぇから、強襲や遊撃の隊章を掲げてる隊員に絡んでくるなんてのはほぼ有り得ない。今日の巡回は懲役組だったろ? 手柄だと思って喧嘩を売った、違うか?」

「それは……」


 三等補助官が口ごもる。ほぼミネットの言う通りの状況だ。


「それならウチから出せる分隊はねぇな。きっちり殺されて反省しろ。あぁ、罷り間違ってウチの情報を流したらこっちでも殺すからな」


 とん、と机を指先で叩くミネット。隊長格にのみ使用を許されている、通信用の機械精霊アドオンが起動する。それは、ミネットの言葉を一言一句違えることなく、戦場の三等官たちに伝達した。


「とはいえ……アイツはウチの情報を流しそうだな。仕方ない、近くには……あぁ、フィーロ、聞こえるか?」

『はいはい、何だい? 副隊長殿が仕事中のワタシに直接話しかけるなんて珍しいね?』


 立ち竦んだままだった三等補助官が身震いする。フィーロ、と呼ばれた通信先の女はーー悪い意味で、とても有名だ。


「南部低層、第三区。詳しい場所は点線ドットアンドラインで。ウチのバカどもが大天災ジーニアスと交戦中だから、後始末を頼んだ」

『それはワタシのやり方で片付けていいってことかい?』

「そうじゃなきゃ頼んで……待て、免状は?」

『大丈夫! まだ残ってるよ! 後二分遅かったらわからなかったけどね!』

「ならいい、帰ったら認識票を出しておいてくれ、再申請はこっちでやっとく。清掃部隊にはこちらから連絡しておくから」

『わかったよ! うふふ、嬉しいなぁ、楽しいなぁ、どんな風にしようかなぁ……』


 楽しそうな声が途切れ、待機室に満ちる沈黙。ヴィクスン=フィーロ、強襲部隊の二等戦闘官で、強襲部隊員としての異名は「糸鋸」。抑止庁ルーラーに所属する前の異名を、「鏖殺狐」という。彼女の獲物となって、逃げ仰せた人間はいない。


「フィーロ分隊を派遣した、これでいいな?」

「あ、はい……」


 三等補助官は、心の中で交戦中の三等官たちに詫びた。自分の話運びがもう少し巧かったならば、味方に八つ裂きにされることはなかっただろう。


「ってフィーロ!! 二分遅かったらって何だ!? 何しようとしてた!?」


 次の瞬間、顔色を変えたミネットが点線ドットアンドラインを通じてヴィクスンに呼び掛けるも、返答はない。ぐぁお、と苦し気な咆哮を漏らしたミネットに、三等補助官は再度身震いした。

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