第14話

 ウルは、元犯罪者であり刑務として抑止庁ルーラーで働かされていた、懲役組と揶揄される存在であった。弱肉強食が信条である偏執曲芸団パラノイア・サーカスの最高位団員ーー団長である「合成獣」ルガルル=パラノイアと直接会話できる権利を持つ団員の一人。

 ウルは、目立つことが好きだった。いつだってどこでだって注目を浴びていたかった。そんなウルの望みに、偏執曲芸団パラノイア・サーカスはとても適していた。だからウルは最高位団員「狼男」として、多くの悪逆を成していた。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


 抑止庁ルーラー第三棟、強襲部隊待機室。返り血をそのままに戻ってきたウルを出迎えたのは、紫髪赤目を持つノスタリアの少女。「化猫」ミネット=シェノン二等補助官は、流れるような動作でウルの返り血を拭い取る。強襲部隊副隊長でもあるミネットは、ウルの世話をすることに幸福を感じると公言していた。


「オレがいない間に何かあった?」

「隊長が気にすべきことは何もありませんでした」


 故に、ウルは隊長格にも関わらず割と自由に行動している。ミネットに任せておけば万事安心であると、心から信じているのだ。そんな信頼を寄せられたミネットもまた、期待に応えようと十全を尽くすため、成り立っている関係だ。


「それならいいや。一応免状内で殺ったけど後で確認して、もしまずかったら教えて。それと再申請もお願い」

「わかりました、後始末は清掃部隊が?」

「ん、オレと入れ替わりで来てたから多分そう」

「確認して処理しておきます」


 ちゃり、と軽い音を立てて外された認識票の、魔石の色は失われている。通称を殺人免状というその制度は、抑止庁ルーラーの戦闘官が業務内で犯す殺人の罪を帳消しにするものだ。無論、神の意向に逆らうものであるため、諸々煩雑な手続きやら何やらが必要で、一度殺人を犯すと再申請が必要となる。


「はー疲れたぁ、めちゃくちゃ大声出しちゃった」

「のど飴と蜂蜜湯、どちらがいいですか?」

「んー……じゃあのど飴もらおっかな」


 ミネットが取り出した可愛らしい硝子瓶の中には、淡い色合いの飴が詰まっている。どうぞ、と差し出されたその中から薄荷色の飴を取り出したウルは、迷うこともなく口に放り込む。

 歌唱魔術の行使により傷んだ喉に染み渡る薬効。甘過ぎず爽やかな味のする飴を口の中で転がしつつ、ウルはミネットの対面に座った。


「相変わらずんまいね、普通のはやばい味らしいけど」

「効果と味をぎりぎりで調整してますので」

「これくらいだったらおいしいでいいと思うけど」

「もっと甘くしてほしいと言われてますね」

「えー、オレはこの味がいいけどなー」

「ありがとうございます」


 にこ、と嬉しそうに微笑んだミネットは、自作ののど飴を詰めた瓶を元の場所に戻しにいく。その足取りがうきうきと軽くなっているのを見て、ウルもまた機嫌良く目を細めた。

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