第13話

 ウル=フェアツヴァイフルングはノスタリアの歌唱士である。ノスタリアは人種の特徴として細長い体格をしていて、歌唱魔術や演算魔術の適性が高い。

 そのため、多くの人間はノスタリアの歌唱士は接近戦が苦手だと思っている。実際、有名な歌唱士たちは基本的に後方にいて、前線の演算士や輪廻士の補助に回っていることが多い。

 だからこそ、ウルの異常性は際立つのだ。何も知らない人間に対しては圧倒的有利に、知っている人間ですら対策が難しい程に。何せウルは、完全変異状態ひぐまのイーツと対等に殴り合える人間である。


「あはァ」


 ウルの、心底嬉しそうな笑い声が戦場に響く。否、ウルは意図的に聞かせたのだ。何も知らない、馬鹿な犯罪者たちに。ノスタリアの歌唱士が一人、強盗団の本拠地に潜り込んできた所で、何もできやしないーー犯罪者たちは、そう思っていた。


「どーも、抑止庁ルーラーの方から来ましたァ、仲良く遊んでくれよなァ!!」


 刃扇の先で引っ掻くように、喉笛を一閃。強盗団の要、頭領である歌唱士から噴き上がる赤。防御も妨害も、そもそもの反応さえできない速度で迫ったウルの一撃で、その歌唱士は絶命した。

 それに泡を食ったのは他の面々である。神は死を忌避し、殺人を何よりも厭う。だから、抑止庁ルーラーの人間は、殺しをしない、そう聞いていたのに。

 そんな意識の空隙に、刺し込まれる次擊。片手に刃扇、もう片方の手に仕込扇を携えたウルは、歌いながら旋風のように回転した。それがウルの歌唱魔術だと、気づいた時には遅過ぎる。

 風属性攻撃系歌唱魔術ロックオブウィンドによって生じた鎌鼬、悪夢か冗談か、人間の腕が脚が、軽々と断ち切られ吹き飛ばされていく。回復しようにも、部品が現存している限りその部品を取り戻さなければ再生できない。そして取り戻しに行こうにも、腕が脚が、欠けているために叶わない。


「おいおい、その程度で名乗りを挙げたってぇ? 何だっけぇ……無頼漢ルールブレイカーだったァ? 名前だけは大層なこったなァ?」


 べぇ、と舌を出して強盗団を挑発するウルだが、それに乗る人間はいない。失血死、死屍累々。生き残っている人間にも、戦意は欠片もない。殺人とは、それだけ恐ろしい行為なのだ。なのに、抑止庁ルーラーに所属しているウルに、躊躇はない。


「ひ、人殺し……」

「そうでぇす、オレらってば殺人免状持ってるからね。ニギはよく免状外で殺っちゃうから始末書だらけだけども」


 ウルが胸元から取り出したのは、歯車の上で火を噴く八脚蜥蜴ザラマンドが刻印された認識票。その端にぽつぽつと、血のような真紅の魔石が嵌め込んである。


「改めて名乗ってやるけど、抑止庁ルーラー強襲部隊長のウルだぜ! 「踊子」って言われてるけど、犯罪者ならこっちの名前の方が通りがいいかもなァ……どーも、元だけど偏執曲芸団パラノイア・サーカス最高位団員、わおわおーん、っつってぇ「狼男」のウル様だァ!」


 その名乗りを聞いた犯罪者たちの一部が青褪め、嘘だ、そんな、と絶望に満ちた呟きを漏らす。そんな犯罪者たちの顔を見て、ウルは牙を剥き出しにして笑って見せた。

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