第11話

 抑止庁ルーラーの医療部隊とは、その名の通り医療を司る部隊である。給養部隊と同様、後方支援系の部隊だが、前線で戦う他部隊員たちの治療のため外に出ることが珍しくない。

 そんな彼、彼女たちを束ねているのがトキシー=トキシック一等補助官。艶やかな黒髪を靡かせ、火蜥蜴に似た眼を持つ彼女の異名は「火吹女」。外科にも内科にも造詣が深い、一等官に相応しい女傑である。


「はい、舌出して」

「んぁ」

「摘まむよ……うん、これならこのくらいかな」


 突き出されたイーツの舌を指先で摘まみ、右へ、左へ。口内と牙の様子を確認したトキシーは、腰に提げていた筒の中から薬板を二枚取り出してイーツの口の中に押し込む。

 途端、びりりと走った苦味。目一杯顔をしかめるイーツだが、その薬の効果はすぐに出た。まだ残っていた爪牙が縮み、丸く、小さくなる。


「相変わらず効きやすいね、オクトと足して割れたらいいのに」

「彼女は後天性だろう……嗽していいか?」

「まだだよ、全部溶けるまで待ちな」

「んぅ」

「無理に溶かそうとしない」


 口を閉じ、むぐむぐと舌を動かそうとしたイーツの顎を掴み、無理矢理開かせるトキシー。恨みがましい目をしたイーツに、トキシーが返したのは笑い声。


「ただでさえ薬物耐性が低いんだから、主治医に逆らうんじゃないよ」

「主治医ってそういう感じのものだったか?」

抑止庁ルーラーにいる限りはそうだね」

「そうか……」


 心底残念そうに呟いたイーツは、かぱりと口を開けたまま薬板が溶けるのを待つ。その間にとトキシーはイーツの体に触れ、輪廻魔術の反動や怪我がないか調べていく。


「あ、この傷は」

「んぅ」

「何か言う前に黙秘権を行使するのを止めな。あぁもう、三等にやらせた後でこっちに来なかったね? このままだと残るよこれは」

「別に残っても構わん、実害はない」

「見映えが悪くなるだろう。ついでだからやり直すよ」


 脇腹に走る一線。魔術で無理矢理繋がれた傷痕は、不格好な凹凸を描いている。トキシーは手持ちの小刀でその傷をなぞり、新たな傷を作った。

 浅い傷ながら、滲み出す鮮血。トキシーはその血が床に滴り落ちる前に、宙を指で弾くーーころり、と鳴るのは三味線の音。簡易版の歌唱魔術だ。

 ころり、ころり。弦の音が響くと同時に、火属性の小精霊が集まり、集り、イーツの傷を癒していく。火属性回復系歌唱魔術アリアオブファイアによって治療された後は、傷痕一つ残っていない。


「ウチの指導内容にも関わるんだから、下手されたら言いに来な」

「だってトキシックが怒ると怖いだろ……」

「そりゃ命に関わる仕事をしてるからね、それでも諜報よりはましだろうよ」

「泣かれたらこう、許してやらないとなと……」

「回り回ってどうしようもなくなるのは当人だよ、甘やかさないでおくれ」

「薬板溶けたんじゃないのか?」

「話を逸らすんじゃないよ、アンタもこれが終わったらお説教だからね」


 飼い主から叱られた子犬のような顔をしたイーツの額に、指先で一撃。痛くはなかったが礼儀として、あいた、と呟いて仰け反るイーツに、トキシーは深々と溜め息を漏らした。

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