第10話

 ごきん、と音がしてイーツの背丈が縮む。ごきん、ごきん、響く度に全体の質量が減少していく。我がことながら仕組みが全く解らん、とイーツは内心で呟いた。

 演算魔術と歌唱魔術は既にその機序が解明されていて、小精霊がどのように作用してその結果が現れるのか、小学生でも語ることができる。しかして、輪廻魔術は未知の部分が多い。

 そもそも輪廻士たちでさえ、自分たちがどうやって魔術を行使しているのか、感覚的にしか表すことができないのだ。ぐっとしたらごっとなってばーんである(蒸気機関都市ザラマンド西部在住の輪廻士曰く)。


「たいちょー! おやつ!」

「置いときますねー」

「感想は担当者にお願いします」


 それでも、ほぼ全員に共通しているのは、魔術解除後の空腹感。特に自分より大きな生物に変異する者に顕著なその現象は、変異に手を貸している小精霊への供物だと言われている。

 無論、巨大な羆に変異していたイーツも例外ではない。ぐぅ、と鳴いた腹の音を聞いた三等官たちが用意した間食は、最早間食という量でも質でもなかった。

 釜で炊いた白米をほぐしたその上に、大量の白菜漬と角切りにされた煮豚。隣には、鍋のまま配膳された豚汁。本来なら夜番の賄いになるはずだったものだろう。後で追加しておかねば、とイーツはまた内心で呟いた。

 まだ牙は残っているし、爪も鋭いままだが、ある程度人間の形を取り戻したイーツは静かに手を合わせ、一礼した。食べることは命を奪うこと、神は人間が生きるために食べることを罪とは定めなかったが、礼儀として祈りの一つは捧げるべきだとイーツは思っている。

 鍋を手元に寄せ、まだ箸は持てそうになかったので用意されていた匙で中身を掬い、開けた大口。味噌と煮込まれた大量の野菜と豚肉、蒟蒻。咀嚼すると様々な歯応えがあり、楽しい気持ちにさせてくれる。イーツは無言のまま豚汁を食べ続け、鍋が半ば空いた所で主食へと目を向けた。

 拌飯、と呼ばれる混ぜご飯であるそれは、イーツの好みとは少し異なるが、輪廻魔術の後の空腹を癒すには最適解だ。ぐるぐると匙で米を、白菜を、煮豚を、掻き混ぜる。底の方から出てきた煮卵に気づいたイーツは、ふ、と柔く笑った。

 再び大口を開き、がぶりと。漬物の酸味と肉の旨味を、米の甘味が纏めて包む。半熟の煮卵を潰して混ぜればまた味が変わり、幾らでも食べ進めることができた。今日の拌飯の担当者を、目一杯誉めてやらねばならない。この味つけなら恐らくは、と担当者を推量しつつ、イーツは釜と鍋が空になるまで休むことなく食べ続けた。


「たいちょー、おやつおわった? いまだいじょーぶ?」

「何だ?」

「いりょーのひとが、たいちょーのこともみたいって……」

「いいぞ、丁度今供物を捧げ終えた所だ」

「わかった! けがしてないか、ちゃんとみてもらってね!」


 きゃっきゃとその場を去る三等官の背を見送り、口の周りを拭き取るイーツ。いりょーのひと、とは聞いたが医療部隊の誰がくるのかと考えている内に、現れたのは。


「失礼するよ、怪我なんてないだろうけど」

「トキシックは忙しいんじゃないのか?」

「今手が空いてるのがアタシしかいないんだよ。それに一応、アンタの主治医はアタシだからね」


 艶めいた黒髪を掻き上げて笑う、赫目の女ーーその名を、トキシー=トキシックという。医療部隊長たる彼女は、さっと検査用具を広げ、イーツの診察に入った。

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