第8話

 抑止庁ルーラーは五つの棟に分かれている。第四棟は通称を大監獄、尋問室や懲罰房などがある。第三棟は生活棟、各部隊の待機室や職員寮がある。第二棟は訓練棟、様々な状況や場面を模した訓練場が備えられている。そして第一棟は、専ら来客をもてなすための場所でーー本来なら第三棟にあって然るべき、大食堂もここにある。

 大食堂とはイーツ=クッカー一等補助官が率いる給養部隊の本拠地であり、抑止庁ルーラーの食を一手に担う部署である。職員は基本、福利厚生として一日五食(朝昼晩の三食と、その間の間食として二食)が無償で食べられる。献立は日替わりで、給養部隊員と仲が良くなると便宜を図ってもらえるとの噂もある。

 そんな場所が何故、第一棟にあるかというと、蒸気機関都市ザラマンドの一般都市民や来客もまた、一日二食まで無償で食べられることになっているからだ。広報部隊発案で始まったこの制度は人気を博し、現在に至るまで続いている。

 だから、大食堂には外部の人間が頻繁に出入りしている。だから、こんなことも頻発するのだ。


「わぁ……」


 懲罰房でお腹を空かせているシュガリに言いつけられたおつかいのため、大食堂を訪れたトルネは、馬鹿みたいに口を開けてそれだけを漏らした。現状に対する感想など、それくらいしか出せなかったから。

 抑止庁ルーラーとは、犯罪者からすれば目の上の瘤である。排除できるならいつでもしたいし、顔に泥を塗れるならば塗りたい存在だ。しかして、長く在る犯罪組織は抑止庁ルーラーを直接叩くことはない。それが悪手だと知っているから。

 そのため、新参者は勘違いする。古参の犯罪組織は日和っているからそうしないのだと。だから、新参者かつ調子に乗っている者たちは、誰でも入れる大食堂で事件を起こす。


「え? 参加しなきゃ駄目ぇ? やだよぉ?」


 トルネはそうぼやきつつ、進化促進薬の入った注射器を弄んだ。目の前で起きているのは大乱闘。どこぞの犯罪組織の面々と、給養部隊員の争いである。給養部隊は後方支援、補助官の多い部隊として有名だが、このような場合に備えて一定数の戦闘官が在籍していた。


「えー……でも終わんないとおやつもらえないよな……」


 どうやらこれは始まって間もないらしく、まだ血飛沫でさえ飛んでいない。敵方の人数は軽く見積もって二十人程、戦闘力としては今日の給養部隊たちには少し手に余る程度か。ある程度長引けば、給養部隊の隊長である最終兵器がお出ましになるだろうけれど、それまでシュガリが大人しく待っていてくれるかといわれると首を傾げるしかない。


「仕方ないなぁ……あー、給養の三等官のみなさーん!! 遊撃の「黒鮫」が通りまーす!! お客さんたちを避難させてくださーい!!」


 刹那、トルネの同僚ともいえる抑止庁ルーラー職員側からの悲鳴。遊撃部隊の評判はあまりよくない(隊長曰く)のだ。大慌てで一般都市民やら何やらを避難させにかかる三等官たちを横目に、トルネは自身の太股に進化促進薬を打ち込んだ。


「あーあ……うーん、殺したら懲罰房、殺したら懲罰房……覚えてられたらいいなー……」


 ぼこぼこと、肉体が変異する。混合属性輪廻魔術エア・アクア・カルカロドン・カルカリアスによって、巨大な黒い鮫へと姿を変えたトルネ。その黒い鮫は空中を疾走し、まずは一人と、呆気に取られていた犯罪者を咬み砕いた。

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