第7話

 トルネは、まだ痛いような気がする脚を引き摺るように歩いていく。何とかヒイナの指導せっきょうから生きて解放されたので、自分のために泥を被ってくれた同僚に挨拶してから帰寮しようと思ったのだ。

 そのような訳で、第四棟。遊撃部隊所属と告げただけで通されるのは警備的にどうなのだろうとは感じるものの、それだけ第四棟の世話になる人間が多い証ともいえるので、トルネはそれきり考えることを止めた。

 実際の所、尋問そして諜報という抑止庁ルーラー情報担当二大巨頭の根城であるため、トルネが考えたような笊加減では全くないのだが。勝手知ったるとすたすた進んだ先には、厳重に閉鎖された小部屋が並ぶ区域ーー懲罰房がある。


「シュガリぃ、いる?」

「あら、生きてたの?」


 こんこん、とその扉を叩けば小窓から覗く桃色の目。三日月のように細められたその目の主を、シュガリ=アルキーミア三等補助官という。トルネと同じくリコリスの部下であり、白髪桃目のバリアルタ成人女性である。


「ごめんなぁ、オレのせいで」

「そう思うなら差し入れに輸血用のあれを一つでも」

「流石に医療まで怒らせたらやばくない?」


 さらりと盗みを働いてこいと唆してくるシュガリに、へにゃへにゃと笑うトルネ。扉の向こう側でシュガリは頬を膨らませたらしい。


「あの薄汚い肉塊は?」

「うーんサイレンの貴族相手にそれは外交問題!」

「結婚を前提に付き合ってたのに捨ててきたのは?」

「だってオレは抑止庁ルーラーの人だよ? 最初から無理だったんだって……追いかけてきたのは向こうの責任じゃない?」

「よく開いて回る口ね、蛇にでもなるのかしら」

「やだよ、蛇になる人って何かこう、陰湿じゃない?」


 くしゅん、とシュガリの隣の独房から聞こえた嚔。トルネとシュガリは顔を見合わせ、しーっと密やかな吐息を漏らした。


「お隣誰? 万が一例のあの人だったら土下座して許しを乞うけど」

「あの人は隊長が懲罰房送りにならない限りいないわね」

「それ聞いて安心した……丸呑みは嫌だ、丸呑みは嫌だ……」

「好きな人はいないと思うけども」

「いやわかんないよ、オレみたいなのもいるし」


 真面目な顔で宣ったトルネに、鈴を転がしたような笑い声。シュガリはころころけらけらと笑い続け、はぁ、と一息。


「生き血は諦めるから、食堂で今日のおやつをもらってきてくれない? ご飯抜きでお腹が空いたのよ」

「こっから食堂まで行って戻ってくるの面倒なんだけど」

「さもなくば次の回であなたが教唆しましたって言うけど」

「ひどくない? 冤罪にも程ってもんがあるんだぞ」

「本来なら諜報尋問遊撃でたらい回しの禊を受けなければならなかったあなたを助けたのは?」

「シュガリ様ですぅ……あったかいのが冷めてるとか冷たいのがぬるいとか言わないでね……」


 顔の部品をくしゃくしゃにまとめたような表情になったトルネが小走りで駆けていく。そんな背中を見送るシュガリは、再びころころけらけらと笑った。

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