第5話
取りたくないけれども、どう考えても自分宛の電話であるとしか思えないので、ニギはしわくちゃの顔をしたまま受話器を取った。案の定、聞こえてきたのはトルネーー遊撃部隊所属の三等戦闘官、地中を空中を自在に泳ぐ鮫への変異を得意としているトルネ=シャークの悲鳴であった。
「初手で拷問中の人間の悲鳴を聞かせるのって倫理委員会の会則? それとも諜報部隊の規則?」
『諜報部隊の技術ですね。お久し振りです、ご機嫌は如何ですか、ニギ先輩』
「たった今ご機嫌が急降下してしまったが……」
『それは重畳、用件は把握されています?』
「ヒイナから大体は聞いたから省略していいぞ。始末書は確定として、後は何をしたらいい?」
『禊に対して積極的なのはあまり誉められたことではありませんよ』
「知ってる。だがしかしやらねばならんことをぐずぐず後回しにするのとさっさと取り組むのでは後者の方が誉められて然るべきでは?」
『そもそも反省文も始末書も書かなくて済むような部隊運営をお願いしたいですね』
くすくすと、温度のない笑い声がニギの鼓膜を揺らす。電話の向こう側にいるのはヘレシィ=ジェファ。諜報部隊の隊長であり、倫理委員会の委員長を兼任している。
「俺は悪くないんだが、時代と社会情勢と治安と部下の一部の頭が悪くて」
『時代と社会情勢は兎も角として、治安と部下の頭は先輩の領分でしょうに。きちんと役割を果たしてください』
「時代が九割悪い」
『先輩の家に爆弾仕掛けますよ』
「やれるもんならやってみろ、
「たいちょー、売り言葉に買い言葉、また喧嘩になるよー」
「もうなってるんだけどな」
呆れたようなヒイナの一声。ニギは肩を竦め、小さく溜め息をついた。軽く頭を掻き、ぐぅ、と喉奥で唸る。
「別途トルネの指導案出すから手打ちにならんか?」
『実現可能性のある案にしてくださいね。この間のは酷かった』
「リコリスはとてもよく効いただろ?」
『効きすぎて諜報と強襲で六名退職者が出ましたが?』
「あれくらいで辞めるなら早めに辞めた方がお互いのためでは?」
『就職組は指を切り落とされたりそれを口に放り込まれたりする経験なんてないんですよ、いずれは慣れさせなきゃいけませんけど、少なくともあの時ではなかった、それをおわかりで?』
「リコリスに言ってくれ」
『部下の失態は?』
「部下の失態だな」
『上官の指導力不足ですよ』
「ヘレシィはまだ機嫌が悪いのか……いつもなら肯定してくれるのに……」
「そもそもの喧嘩の理由は?」
「酢豚に鳳梨はありかなしか。ヘレシィは味音痴だから鳳梨が入ってる方がいいって言うけど何で酸い味に甘味を合わせなきゃならんのだ?」
「思ってたより下らない理由で安心した。早くごめんなさいして許してもらって、諸々滞るから」
「えぇ……俺は一欠片も悪くないのに……?」
「味音痴って悪口言ったでしょ。他人の好みを悪し様に言うのは神様もよくないって言ってる」
「神様がよくないって言ってるらしいからこの間の酢豚の件に関してはごめん」
『良くない謝罪の見本ですか? 全く先輩は仕方のない人ですねぇ!』
途端、浮わついた声色になったヘレシィ。ニギは電話機の送信口を塞いで、ヒイナに向かって首を傾げた。
「ちょろくないか?」
「ジェファ隊長は根本的にたいちょーに甘いから形だけ謝れば許すとは思ってたけど……それはそれとして謝り方が最悪」
「知ってる」
受話器からは、僕も言い過ぎていたので謝ろうと思ってたんですけどね? などと喜色に満ちたヘレシィの声が続いている。本題は何だったか、と記憶を手繰るニギの耳元、諜報部隊の
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