書籍のら・ら・ら 【KAC20231】

はるにひかる

夜中のお店で。

 おはようございます!

 わたし、大高、8才。

 今日も元気に目を覚ましました。

 枕元の時計の短い針を見ると、10のところにあります。

 ……あれ、寝過ぎちゃったかな?

 今日は学校はお休みだからいいけれど、パパもママも起こしてくれなかったのかな。

 目をゴシゴシしながらベッドを降りてカーテンを開けると、窓の外は真っ暗です。

 そう言えばわたし、ご飯のあとにみんなでテレビを観ていたら寝ちゃったんだっけ。

 パパがベッドまで運んでくれたのかな。


 でも、こんな時間に起きているなんて、悪い子です。

 パパやママに怒られたくないから、気づかれないうちに、もう一度ベッドに寝っ転がって布団をかぶります。目をつぶって、おやすみなさい!


 ──眠れません。


 コッチコッチと、時計の音だけがお部屋に響きます。

 なんだか目がさえていて、喉も渇いています。

 ……パパとママは、まだお店で作業しているよね?

 そう決めつけて、そろそろと音を立てないように階段を降りて、二階の自分の部屋から台所までお水を飲みに行くことにしました。


 パパとママは二人で本屋さんをしていて、毎日遅くまで大変です。

 それにパパは、わたしが学校に行っているとき、黒い大きなバッグを背負って、なんでか自転車で走り回っているみたいです。

 わたしは知らなかったけれど、こないだ仲良しの花凛ちゃんのママに聞きました。「マンビキとか大変よね」って言っていたけれど、なんだか分かりません。

 『マンビキ』って、何? それで、どうして、わたしのパパがバッグを背負って自転車で走ることになるの?

 今度、一緒にサイクリングしたいな。


 ──台所について、暗がりの中、コップを出してお水をちょろちょろと入れていきます。

 お店は台所とドアで繋がっているので、明るくしたりお水をドバッと出したりしては、わたしが夜中に起きていることがバレて怒られてしまうからです。


 ……でも、変です。

 お店はもう閉まっている時間でパパとママしかいないハズなのに、お店の方からざわめきが聞こえてきます。

 ゆっくりと飲んでいたお水のコップを置いて、お店のドアの方に向かいます。

 わたしにはいつも「早く寝なさい」って言っているのに、お友達を呼んで騒いでいるなんて、ズルいです。

 ドアの取っ手を捻って、少しだけ押して、すき間から覗いてみます。

 パパもママも、お友達の前ではわたしを怒りません。だから、もし起きているのが見つかっても、大丈夫です。……たぶん。


 ──やっぱり、おかしいです。

 これだけ人がいるような感じがあって、ザワザワ聞こえるのに、お店も真っ暗です。

「……ママァ、パパァ、いるのぉ?」

 怖くなって呼んでみたけれど、返事はありません。

 泥棒だったら大変です。

「誰か、いるのぉ?!」

 叫びながらドアの横のスイッチを入れると、お店の中がパッと明るくなりました。

「吾輩は……」

 ハッキリとした声が聞こえたかと思うと、目の前のカウンターに何かがサッと現れました。

「猫である」

「ネコさん?!」

 それは、かわいいネコさんでした。

 でもなんで、ネコさんがお店にいるんでしょう。閉めるときに、入ってきちゃったのかな。

「かわいい! ネコさん、お名前は?」

 ネコさんに顔を近づけてたずねて、──ここでわたしは、ハッとしました。

 これは、夢です。わたしは今、ベッドで寝ていて、夢を見ているんです。

 だって、ネコさんはお話しできません。

 わたしは漫画もアニメも大好きで、見すぎていてよく怒られるけど、それくらいのことはちゃんと知っています。『ゲンジツとニジゲンのクベツ』くらいはついているツモリです。

「名前はまだ無い」

 わたしの内心をよそに、ネコさんは返事をしてくれました。

「え? ネコさん、お名前無いの? わたしはだよ」

 でもその返事は寂しくて、思わず聞き返してしまいました。

「吾輩は猫である。名前はまだ無い」

 けれどネコさんは同じ言葉を繰り返しました。ということは、本当に名前が無いのでしょう。

 ……むむむ。

 なんだか今の言葉を、どこかで聞いたことがある気がします。

 少し考えてみて、わたしは思い出しました。

 前にパパが「好きな小説のぶぶん」だって、聞かせてくれたことがあったんです。

 えっと、……確か、夏目なんとかさんが書いたお話だって。お月さまがキレイな人の。

 ネコさんはお顔を足でグシグシしたあと、ヒラリとカウンターから降りてトトトトと行ってしまいました。

「あっ、待って!」

 うちではママがアレルギーだとかでネコさんは飼えないけれど、夢の中なら話は違います。

 わたしはもっとネコさんとお話がしたくて、そのあとを追い掛けました。

 トテテテテとネコさんは、ザワザワが聞こえる棚の間に軽やかに入っていきました。

 そこには、お兄さんとそれを取り囲むようにたっているお姉さんたちのグループがいくつかありました。

 ここは、少年漫画が置いてある棚です。

 グループごとにみんなおんなじデザインの服を着ているのでこれは制服で、皆さん高校生くらいでしょうか。

 お姉さんたちはどの方もキレイで魅力的に見えますが、お兄さんは子供のわたしから見ても、イマイチ、パッとしません。

 そんなお兄さんは、お姉さんたちに囲まれて、顔を真っ赤にして照れています。

 聞こえてくるお話によると、どのグループもそれぞれ色んな事情で一緒に住んでいるみたいです。

 家族でもないのにと、子供のわたしは思ってしまいます。でもなんだか、仲良しの花凛ちゃんの所にお泊まりしたくなりました。今度、頼んでみようかな。

 その時、棚の間の通路にネコさんのしっぽが消えていくのが見えました。

 わたしは慌てて追いかけます。だって、わたしの目的はお兄さんお姉さんたちではなく、ネコさんなのだから。

 わたしが駆け抜けると、慌ててバランスを崩したお兄さんたちが、ドタドタドタとお姉さんたちを床に押し倒して、大変なことになりました。

「ごめんなさい!」

 気づいたわたしは振り向いて謝りましたが、皆さんそれぞれ見つめあっていて、わたしには気づいていないようです。


 ネコさんは、隣の棚の間に入っていきました。

 そこでは、さっきよりももう少しわたしに年が近いであろうお兄さんたちが、お姉さんを囲んでいます。

 制服を着ていたり、ランドセルを背負っていたりします。

 さっきよりも人数は少ないです。

 ここは、少女漫画が置いてある棚です。

 今度はお兄さんたちがキラキラとカッコよくて、お姉さんたちは、……やっぱりキレイです。

 この間わたしが読んでドキドキしたばかりの漫画のお姉さんとお兄さんたちもいます。

 メガネをかけたお姉さんが棚の漫画を取ろうとして、お兄さんと手が触れてお顔を真っ赤にしています。

 そんな中を、ネコさんは気にせずにスタタタタと通り抜けていってしまいます。

 もっとここにいたいけれど、わたしの目的はやっぱりネコさんなので、追い掛けます。

 走り抜けたわたしがぶつかってバランスを崩したお兄さんたちが、棚に手をついてお姉さんたちとお顔が触れそうな距離で見つめ合っています。

「ごめんなさい!!」

 やはりわたしには関心がないようで、見つめあったままです。

 もう少しここにいてこの後を見届けたいけれど、ネコさんを見失っては大変です。


 次にネコさんが進んでいった先には、また高校生くらいのお兄さんとそれを囲むお姉さんたちのグループがいくつかありました。

 その向こうの方には、わたしたちが住んでいる日本じゃなさそうな所で畑を耕したり薬を作ったり、「スキル!」とか叫んで何かと戦っています。

 ……さすがは夢です。

 広くはないハズのお店の中に、あるハズの無い空間が広がっています。

 イクウカンというやつでしょうか。イセカイというやつかも知れません。

 ここは、ライトノベルというのが置いてある棚です。

 わたしはまだそんなに厚い御本が読めないから、手に取ったことはないけれど。

「ご、ごめん、俺、彼女の妹に何てことを!」

「……いいの」

 慌てたような声と、落ち着いた声。

 不意にそれが聞こえた方を見ると、お姉さんお兄さんの首もとに腕を回して、チューしていました。

 ……見ちゃった。見ちゃった見ちゃった見ちゃった!

 まだ8才のわたしには刺激が強すぎるので、慌てて手で顔を覆います。

 でもやっぱり気になって、指を広げて、すき間から覗いてしまいます。

 しんぞーがドキドキと大きな音を立てて収まりません!

 そ、そもそも、家族でも恋人でもないのに、チューをしていいのでしょうか!

 ……今度、クラスメイトとしてみようかな。大の仲良しの、花凛ちゃんと。

 「チューしよ」って言ったら花凛ちゃん、どんな顔をするかな。

 そう考えると、ドキドキがなんだか温かくなってきました。体の内側からポカポカします。

 そのうちにお兄さんやお姉さんは頬をスリスリし始めました。

 わたしはこれ以上見ていてはいけない気がして、吾輩関せずと歩いていくネコちゃについてライトノベルの棚を後にしました。

 パパのスリスリは、お髭がジョリジョリしてちょっと嫌です。

 ……花凛ちゃんにすること、1つ追加です。


 そのあともネコちゃんは色々な棚の間を歩いていって、その度にわたしは色々なものを目にしました。

 絵画のコーナーでは画家さんだったり、絵の中の人だったり。

 音楽のコーナーでは、音楽室で見たような人が指揮を始めると、どこからか演奏が聴こえてきたり。


 ……いつの間にか、軽やかに歩いていたネコちゃんに異変が起こりました。

 あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。

 なんだか、まっすぐ歩けなくなっているみたいです。

 お酒をたくさん飲んだあとのパパみたい。

 千鳥足って言うやつでしょうか。

 どうしたんだろう大丈夫かなとハラハラしながら見守っていると、ネコちゃんったら大変!

 みずがめに落ちちゃったの!

 慌ててみずがめから抱き上げてカウンターに寝かせてあげると、ネコちゃんは体をブルブルと振るわせて水気を飛ばしたあと、そのまま何事もなかったかのように寝てしまいました。


 ──どうしてみずがめなんてあったんだろう。「水気は厳禁」だって、パパもママも言っているから、あるハズなんて─。


 カウンターに向かって平和なネコちゃんを眺めながらそんなことを考えているうちにわたしも………………。




○○○○


「あらあら、とわちゃん、こんな所で!」

「僕たちがいなくて、寂しくなっちゃったんじゃないか?」

 ……そんな声と、身体に何かが掛けられる感触でわたしは目を覚ましました。

 声の主は、見るまでもなく、わたしのパパとママです。

「あれ、パパ、ママ、おはよう、もう朝?」

 まだ重いまぶたをゴシゴシしながら顔を上げると、大好きな二人の笑顔があったのは、わたしの部屋ではなく、お店の中でした。

「まだ夜中よ。12時をまわって、日付が替わったくらい」

「今日は商店街の会合で遅くなるって言っていただろ?」

「あ、……おかえりなさい」

 むむむ。

 とすると、わたしは両親の姿を求めてモゾモゾとお店に来て、そのまま寝てしまっていたのかな。小学生にもなって恥ずかしい。

 パパの顔は赤くなっていて、たっぷりお酒を飲んできていることが分かりました。

 ふと思い当たってカウンターの向こうを見たけれど、みずがめは当たり前のようにありません。

 やっぱりあれは全部、夢だったんです。

「クシュン!」

 ──そう思ったとき、ママが思い切りクシャミをしました。

 そして、かゆそうに目をグシグシとこすり始めます。鼻もグズグズ言わせています。

「おや、風邪かい?」

「そういうんじゃなくて、ネコちゃんアレルギーが出たときの感じっぽいんだけど、……変ね」

 パパに聞かれて、ママは首をかしげながら答えました。

「……ううん、ママ。ネコちゃんはいたんだよ?」

「え?」

「わたしが夢の中で会っていたの!」

 わたしが言うと、ママは吹き出して笑いました。

「そう、楽しい夢を見ていたのね! さっ、お部屋で寝ましょ」

「うん!」

 ママにうながされて、わたしも笑顔でうなずきます。

「……あ、ねえ、ママ、パパ。今日、花凛ちゃんのおうちにお泊まりして良い?」

「ええ。朝になって電話で訊いてみて、あちらの親御さんが許してくれたらね。ね、パパ」

「ああ、そうだな。お土産は何にしようか──」


 そうしてわたしは自分の部屋のベッドで、布団をかぶりました。


 ──花凛ちゃん、どんな顔するかな──。


 大好きな花凛ちゃんのその顔を思い浮かべていると体の中からポカポカしてきて、いつの間にかわたしは眠りに──。 

 

 

 

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