見覚えのない古本屋【KAC20231】第1回「本屋」(読み切り短編)

ライキリト⚡

知らない本屋、知っている名前。


「んー、こんな所に本屋なんてありましたっけ?」


「あったんじゃないかなぁ?」


「いや、なんで店員が疑問形なんです?」


「そんなこと言われても、昨日までの記憶がないんだよねぇ」


「救急車よびます?」


「いやいや、頭を打ったりはしてないよぉ」


「記憶ないのに分るんですか?」


「まぁねぇ、とりあえず本でも見て行きなよ。ここは古本屋だけど、他の店にはない本ばかりだよ」


「いや、電子書籍派なので紙の本は買いませんから」


「令和だねぇ。じゃあ、今だけ初めてのお客様には記念で一冊無料キャンペーンを始めるから、見るだけ見て行きなよ」


「えぇ、そんなすぐに店が潰れそうなことして大丈夫なんです?」


「君のために特別サービスだよぉ。気に入った本があったら買ってくれたら良いからさぁ」


「はぁ……」


「好きに見て行ってねぇ」


「……確かに見たことのない本ばかりです」


「うん、そうだろぉ」


「あれ? これって……」


「おや、何か気になる本があったかい?」


「この本、作者の名前が昔の友達と同じ名前なんです」


「へぇ、それは何かの縁かも知れないねぇ。ちょっと、読んでみなよ」


「はぁ……」


「そこのイス、使って良いよぉ」


「ではちょっとだけ」


「ごゆっくりどうぞぉ」


「……………………」


「……………………」


「えっ……」


「どうかしたぁ?」


「いや、なんで? 私の名前が物語の中に……」


「おや、それは不思議な偶然があるもんだねぇ」


「そんな、偶然なんてもんじゃないですよ!? まるであの子の記憶を読んでるみたいです……」


「その子は小説家になったのかい?」


「わかりません……でも、そうなのかも知れません。たしか子供の頃の友達で、今はもう連絡とってないから知りませんでしたけど……」


「気に入ったかい?」


「……これ、買います」


「まいどありぃ」


 ・

 ・

 ・


「良かった、まだ潰れてませんでした」


「さすがに1日で潰れるのは早すぎるんじゃないかなぁ?」


「あの昨日の本の続き、ありますよね?」


「うん、いっぱいあるよ。昨日の本は読み終わったのかい、早いねぇ」


「はい。次のこれ、買います」


「まいどありぃ」


 ・

 ・

 ・


「こんにちわ」


「いらっしゃあい」


「買います」


「まいどありぃ」


 ・

 ・

 ・


「こんにちわ」


「まいどありぃ」



「どうも」


「まいどありぃ」



「…………」


「どうしたんだい? 今日は続きは買わないのかい?」


「……ちょっと、迷ってます」


「どうしてぇ?」


「……この先を読むのが怖いんです」


「なんでだい?」


「私たち、本当の友達じゃなかったから」


「えぇ、急展開だねぇ。それはこっちが怖いよぉ」


「最初は友達でした。友達だったと思います。でも、この本のおかげで思い出したんです。それからあの子はいじめられて、それで、私はあの子を助けなかった。自分もいじめられるのが怖くて、あの子から逃げたんです」


「なるほどねぇ。それは、よくある話だねぇ」


「この本の先には、あの子の記憶が書かれてると思います。あの子がいじめられて、学校の屋上から飛び降りるまで、どんな気持ちだったのか。私の事を、どう思っていたのかが……」


「君がその子のを友達だと思うのなら、続きを読んであげるのが友達としての優しさなんじゃないのかい。その子は、その本の中で君の名前を呼んでいるんだろう?」


「……うん、そうですよね。はい。私、最後まで読みます」


「うん。読むのが怖いなら、ここで読んでいくと良いよぉ。見守っていてあげるからさぁ」


「はい、ありがとうございます」


「まいどありぃ」


 ・

 ・

 ・


「もう夜になってしまったけど、帰らなくていいのかい?」


「大丈夫です。それより、もっとちゃんとこの本を読んでいたい。あの子は私を許してくれた。私の事を分かってくれてたんです。やっぱり私たちはちゃんと友達同士だった」


「それは、良かったねぇ」


「はい。きっと、私はずっと悩んでて。自分でも忘れたふりをするくらい、後悔してたんです。あの子が私の事を恨んでるんじゃないかって。裏切ったと思っていたんじゃないかって。でも、そんなことなかった……良かった……」


「うん、うん」


「でもあの子はもういません。だからせめて、私はこの本を最後まで読んであげたい。あの子が死んでしまったあと、あの子が何を考えていたのかを、あの子が何を思っていたのかを……ちゃんと本当の事を知っていたい……」


「そうかい。だったら、好きなだけここにいると良いよぉ」


「ありがとうございます」


「そっちは寒いだろう? こっちの椅子を使いなよぉ。カウンターの中ってけっこう暖かいんだよぉ」


「え? 良いんですか?」


「どうぞ、どうぞぉ」


「本当だ、すごく、暖かい……ここなら、ずっとあの子の事を読んであげていられそうです」


「それは良かったねぇ」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「あぁ、そういえば、今、やっと思い出したよ」


「…………」


「聞こえてないか。もう本の中に意識が入り込んじゃってるみたいねぇ」


「…………」


「ここはそういう場所だった。そうやって罪の意識から逃げようとする卑怯な人間の精神を、その人が望む甘い嘘で捕り殺してしまうような、そういう場所だったねぇ」


「…………」


「そうかぁ。私もそうやって罪の意識に溺れて死んでしまっていたんだねぇ。やっと、その呪いから解放されるみたいだ……」


「…………」


「じゃあ、続きはよろしくねぇ」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「あれ……? こんな所に本屋なんてあったか……?」


「あったんじゃないですか?」

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