第4話 悪役令嬢はどちら?
(フラニー!! 会いたいと思っていた矢先に、来てくれるなんて)
リーリンスが身支度する間、俺は先に彼女に会うことにした。
もはや熟知した公爵邸の廊下を、応接室に向かい軽やかに進む。
恋人と数日ぶりの再会だ。
(いつもリーリンスたち公爵邸の人間を骨抜きにしている"猫俺"の愛らしさを、フラニーにも堪能させてやろう。以前、小さい子や動物が好きだと言っていたしな)
「にゃぁ~ん」
ソファに腰掛けるフラニーを認め、サービスしてやるつもりで甘え声を出しながら、その足元に近寄る。
と。
ヒュッ。
猫の反射神経で間一髪身を
(いま、フラニーが!
「シッ、あっちへお行き! ドレスに毛がつくじゃないの!」
(フ、フラニー?)
そう言ったフラニーは、猫である俺を
王子としてはもちろん、猫になってからも俺をぞんざいに扱うやつはいなかった。
公爵邸では、この上なく大事にされていたうえ、「可愛い」という言葉しか貰ったことがない。
初めて出会う視線に、しかも最愛の恋人からの侮蔑の眼差しに、俺は動転していた。
「何猫かしら。公爵家なんて言っても大したことないのね。血統書もないような雑種猫、名もない品種じゃないの」
これは幻聴なのか? 本当にフラニーの言葉なのか?
フラニー、フラニーがいつも言ってたじゃないか。
自分は血筋には興味がない。
たとえ俺が何者であっても、愛し尊敬すると。
逆にリーリンスが俺に求めているのは、その地位と王族の血だけだと。
けれど彼女の今の発言は、その"日頃"を真っ向から否定する価値観だった。
(よく見ろフラニー、お前が恋い慕った俺だぞ? 猫姿の俺に気づいてくれとまでは言わないが、──本当はちょっと期待していたが──、それを抜きにしても!)
毎日、公爵家で心を砕いた餌が与えられ、さっきだって念入りにブラッシングして貰っている!
艶やかでフサフサな毛を持つ美猫だぞ?!
お前の目は、ちゃんと開いてるのか?
「にゃあん、にゃあん」
「もうっ、うるさい猫ね! しつこくするなら、ぶちのめしてやるわ!」
フラニーが俺に向かって手をあげようとした時だった。
「何をなさっているのです、フラニー嬢」
応接室の入り口に立つリーリンスが、冷ややかな表情で、フラニーに声かけた。
◇
「これはリーリンス様。突然の訪問、失礼しました」
ソファを立ち、淑女の礼をとったフラニーに、硬質的な声でリーリンスが追及する。
「先ほど振り上げた手は?」
「あ、これは……。こちらの猫が私のドレスに爪を立てようとしましたもので、少し下がってもらおうとしだけですわ」
(!? フラニー! 俺は爪なんて出してないぞ)
「そう。それはわたくしの猫が失礼したわね。賢く大人しい子だけど善悪を見るから、人の好き嫌いがはっきりしているみたい」
言外に"あなたは悪い人間だから、猫に嫌われている"と言ってのけ、俺を抱き上げながらリーリンスが上座に回る。
下唇を噛む、悔しそうなフラニーが見えた。
(違う、嫌いじゃない。嫌ってなんかいない、フラニー)
俺をソファに降ろし、その隣に座したリーリンスは、フラニーにも座るように促す。
早速にリーリンスが本題を切り出した。
「それで、どんなご用でいらっしゃったのかしら」
きっと顔をあげたフラニーは、開口一番、強い口調で責め立てた。
「ヴィクター殿下に、何を吹き込みましたの?!」
(???)
「最近、ヴィクター殿下が私を遠ざけてらっしゃいますの。リーリンス様が殿下に、私の悪口をおっしゃったのでしょう」
「──わたくしは、何も」
「嘘ですわ。殿下の変わりよう、おかしいですもの。きっとあなた様が私のことを悪く吹聴なさったのです」
「どうしてそう思われるのです? ご自身がなさっていたからと言って、他人もそうだと決めつけないでくださいな。わたくしは影で嘘を並べ、相手を貶めるような卑怯な真似はいたしませんよ? もし仮にそうだとしても、ご判断なさるのはヴィクター殿下です。自分の意に染まぬからと言って、わたくしにとやかく言ってこられるのは、筋が違うと思いますが」
フラニーの剣幕に、驚いた。
リーリンスは毅然とした態度を貫いた。
その後、ふたりの女性のやり取りを見ていたが、始終フラニーは苛立ち、リーリンスは冷静だった。
「取り澄ました顔をして! きっと後悔なさいますから!!」
最後には、フラニーが捨てゼリフまがいな言葉を残して、部屋を去った。
俺はただ茫然と。
これまで見たことがなかったフラニーの別の顔に、声を失っていた。
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