第5話 王太子からの呼び出し
(つまり俺は。リーリンスのことを殆ど知らなかったように、フラニーのこともまるで見れてなかったというわけだ)
今ならわかる。
嘘をついていたのは、フラニーだ。
(俺はあの時、爪はおろか近づけてさえなかった)
であるのに、ためらうことなく俺に罪をなすりつけた。
おそらくこれまでのことも、彼女の虚言である可能性が高い。
「どうしたの、ニィーニ。元気がないようだけど」
「ミャーウ……」
心配そうに覗き込んでくるリーリンスに、力ない声を返す。
(すまなかった、リーリンス。今日は不快な思いをさせてしまったな)
本来なら、男爵令嬢が訪れたところで、公爵令嬢が取り合う必要はない。追い返しても、誰にも咎められはしない。
彼女がフラニーに会ったのは、俺のことが絡んでいたからだ。
まさかフラニーが、ああまで礼儀知らずだったとは。
到底、公爵令嬢に向けて良い態度じゃない。
ああ、いや、俺のせいだ。
俺がフラニーを増長させたから。
フラニーを優先して、リーリンスを"悪"と決めつけ、リーリンスの言葉には耳を貸そうともしなかったから。
リーリンスに詫びることすら出来ない、猫の身が恨めしい。
(彼女を傷つけていたこと、どう償えばいいんだ?)
情けないことに、今の俺には答えが出せなかった。
◆
「はぁ……」
何度目かわからないリーリンスの溜め息をただ見守って、悲しそうな横顔を見ながら俺はいま憤っている。
最近、王宮の"
(
不甲斐ない"俺のニセモノ"にマイナス評価を下していると、使用人が取り次ぎに来た。
「お嬢様、ヴィクター殿下のお使いの方がいらしております」
ぱっと明るい顔を見せるリーリンスに、使用人から伝言が伝えられる。
なんでも"公爵邸に近い街の区画へ視察に来ているから、束の間にでも会えたら"という内容らしい。
迎えの馬車が来ているらしい。が。
「どうかしたの?」
「それが、お忍びということで簡素な馬車しかご用意出来なかったそうなのです」
「まあ。いま秘密裡に行っていることがあると言ってらしたから、そのためかしら。お手紙か何か、殿下ご本人からという証明を預かってませんか?」
「お使いの従者殿からは、これをお見せするようにと」
(!!)
使用人がリーリンスに見せた指輪を見て、俺は心臓が跳ねた。
「この指輪なら、殿下がお持ちだったのを見たことがあるわ」
リーリンスが納得するように頷く。
「にゃああ! にゃああん」
(リーリンス、待て! 呼び出しているのは"俺"じゃない。この誘いには応じるな!!)
彼女の足元で騒いだ俺を、リーリンスがなだめるように撫でながら言った。
「ごめんね、ニィーニ。帰ってからまた一緒に遊びましょう? すぐに伺いますと、お使いの方に伝えて」
「にゃああ!!」
(リーリンス! 出かけてはダメだ!)
何を訴えても、猫の鳴き声でしかない俺の言葉は、彼女に通じない。
(仕方ない!!)
リーリンスが乗る馬車の扉が閉められる寸前、俺も飛び乗った。
魔石の効果はほぼ消えているのか、公爵邸の外に出ても、猫の身体が痛むことはなく、ホッとする。
先ほど
気に入って、俺が長く使っていたから、リーリンスも見覚えていたらしい。
(なんてことだ、フラニー。俺の名を使うことを許した覚えはないぞ)
"離れている時も、殿下を感じていたいのです"。
そう言われて、渡した。
決して、こんなことに使わせるためじゃない。
嫌な予感しかしない中、馬車はどこへとも知れず、走り出したのだった。
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