第6話 悪女の筋書き

 そして今。

 危惧していた事態に遭遇し、俺は全身の毛を逆立てて、壁を背に追い詰められたリーリンスを庇っている。


 あの後、公爵家の護衛が整うのを待たずに、馬を鞭打ムチうち走り出した馬車は、リーリンスと俺を乗せてどんどんと細道に入っていった。

 そして奥まった裏通りに止まった馬車は、乱暴にリーリンスを引きずり出し、目立たない廃屋へ彼女を押し込んだ。


 フシャ────ッッ!!


 猫の威嚇を鼻で笑い飛ばし、俺と彼女を囲むのは、下卑た顔をした悪漢ゴロツキたち。


 唯一、従者っぽい服を着ていた男が、扉を開けて人を招き入れる。

 従者に預けていたであろう指輪を受け取ったのは。



 ああ、こんなところで。

 こんなカタチで再会したくなかった、フラニー!!


 

「数日ぶりですわね? 公爵令嬢リーリンス様?」


 

 表れたのは、フラニーだった。

 俺の記憶にある、清純そうな空気は欠片カケラまとっていない。

 愉悦に歪んだ口元、優位を誇る下品な眼差し。


 まるで印象が違っていた。


「フラニー嬢。これはどういうことでしょうか?」


 リーリンスが問う。


「もちろん。邪魔なあなた様に身の程を知っていただきたくて、ご招待したのですわ」


 フラニーが言った。


「もう会うこともないかと思いますから、この後のことを少しご説明しましょうか? リーリンス様は、違法な薬の取引をなさっていたの。いま、ヴィクター殿下が探らせている秘薬ね」


(にゃっ?!)

「殿下が?」


「ええ、そう。あなた様がいけないのよ。きっと何か、殿下をそそのかされたのでしょう? 扱いやすいお坊ちゃまだったのに、彼、私を疑い始めたみたいなの。だからまずは、密売の黒幕に死んでいただこうと思ったわけ」


「────」


殿下から呼び出された・・・・・・・・・・リーリンス様は、ご自身が疑われたと気づき、痕跡を隠すため、あわてて拠点に立ち寄る。けれどそこで部下の裏切りに遭い、殺されてしまうのですわ。部下たちはリーリンス様が主犯だという証拠をうっかり・・・・残したまま逃げ、役人がここを嗅ぎ当てた頃には……。リーリンス様の死体が転がっている」


 "──と、まあ、こんな筋書きなのですけど、いかがかしら?"


 とんでもないことを言いながら、フラニーが笑みを結ぶ。


「もともと薬の密売は王太子妃になる時には止めようと思っていたわけだし、利は惜しいけど頃合いよね? リーリンス様に犯人役をお譲りしますわ」


 フラニーの言葉に、周囲の男たちがニヤニヤと迎合している。


(これが俺の愛したフラニーの正体……)


 衝撃に身が強張こわばる俺の後ろから、リーリンスの気高けだかい声が聞こえてくる。 


「殿下が、わたくしを呼び出した覚えがないとおっしゃったら?」


「もし指輪の話が出たら、そうね? 私がリーリンス様とお話がしたくてお呼びしたことにするわ。それを、リーリンス様が勝手に勘違いなさったの」


「使用人たちは、ヴィクター殿下がわたくしを呼んだと聞いているわ。食い違いが出るけれど?」


(リーリンス! 気丈に張っている声が、震えている……!)


 それはそうだろう。突然こんな命の危機に、しかも濡れ衣まで着せられそうになっている。

 それでもひるまない彼女の強さに、俺は腹をくくった。


(なんとしても、リーリンスを守らなければ)



 フラニーは、そんなリーリンスを嘲笑あざわらう。


「公爵家の者が、主人をかばって嘘をついていると突っぱねるわ。本当はこんな手間をかけずに、夜会の婚約破棄で断罪できるはずだった。その時に、他の罪もかぶっていただくつもりだったのに、すっかり計算が狂ってしまったわ」


「何を身勝手なことを……」


「言える立場かしら? 今からあなた様は不名誉のうちに死にきますの。その足元の騎士ナイト気取りの猫と一緒にね。──さようなら、リーリンス様。永久に」


 フラニーは猫の俺に一瞥をくれると、さっと周囲の荒くれ者たちに指示を出し、従者姿の男を伴って、廃屋を出た。


 フラニー……! 言いたいことは山ほど!

 そして俺は今、自分自身に、猛烈に失望している。


(あんな女を、信じ切っていたなんて)


 けれど、その前にまずはこの窮地をなんとかせねば。


 にじり寄って来る男たち剣が、不気味に光る。


 そっとリーリンスが囁いた。


「ニィーニ、逃げて。奴らの目当てはわたくしだけよ」


(リーリンス!?)


 おまえを置いて逃げれるものか!!

 振り上げられた剣をくぐって、飛び掛かった猫の身体は。


「ギィニァァァァァン!!」


 斬り払われて、あっという間に小屋のスミに転がった。

 大量の血と共に、命が流れ出そうになる。


「ニィーニ!」


 リーリンスの声が悲痛に染まる。


(悔しい! 悔しい! 悔しい!! 元の身体さえあれば!! 剣も体術もおさめてきた。こんな下郎ども、何人いようとリーリンスに近づけさせたりしないものを!!) 


 目のはしに、追い詰められたリーリンスと五人の男が映る。


(くそぉっっ! 何か手立ては──)


 その時。


 視界が、信じられないものを、とらえた。


「痛ぁっ、なんだぁぁ!」


 奇声は男で、その足は"光の球"によってすくわれ、転ばされていた。


「!!」


 同時に、たくさんの"光の球"が一斉に沸き立ち、リーリンスを守護するように敵を翻弄し始めた。



"ヴィクター! この役立たず!! ここは俺たち・・・が抑えておくから、早く生身で駆けつけてこい!!"



 脳に直接声が響き、次の瞬間。


 俺の身体は、馬上にあった。

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