第7話 消えたニィーニ

(なんだ? いま、何が?)


 置かれている状況がわからない。

 たった今まで俺はリーリンスと、薄暗い廃屋で大ピンチだったはずだ!?


「殿下! 本拠地を突き止められたとのことですが、何も御自おんみずからを出向かれなくても」


 背後から呼びかけられて初めて、俺は人間に戻っていることに気づく。

 追従してくる複数の騎士と、街中を馬で走り抜けている。


 一体、何がどう──なっているかはわからないが、このまま!

 

 リーリンスの元に駆けつける!!


 すべてのことは、それからだ!!



 一層、馬の脚を速めて先ほどまで居た裏通りへ、彼女が捕らえられている廃屋へ。


 俺と騎士たちは雪崩れ込んだ。



 そこから先は一方的だった。


 "猫俺"を切ったやからは、一刀のもとに沈み、精鋭揃いの騎士が、あっという間にならず者を取り押さえる。


 リーリンスは謎の光に守られていたらしく、無事だった。

 その光は、俺たちが突入してぐ、宙に舞ってき消えた。

 先ほど頭に響いたような声もしない。


 あれは何だったのだろう。


 そしてリーリンスは。

 震えてはいたが、傷つけられたあとはなく、誰も彼女に触れられなかったようだ。


 全身で、安堵した。


「リーリンス……、間に合って、良かった」


 思わず彼女に近づき、膝を落として抱き寄せた。

 いつもと同じ香りに体温、そして呼吸にホッとしながらも疑問を抱く。


(? ……リーリンスが小さい……? 腕の中に、すっぽり収まってしまう?)


 はっ、と気づいた。


(つい! 猫の距離感で!!)


 あわてて離れようとしたら、リーリンスから飛びついてきた。


 しゃくりあげるような嗚咽。

 緊張が一気にほどけ、涙腺が崩壊したらしかった。


「こわかった、です……っ」

「うん」

「もう駄目で、殺されてしまうのかと……」

「うん」

 

 本当に、申し訳が立たない──。

 俺がフラニーに踊らされたせいで、今回リーリンスを危険に晒したのだと思うと、いたたまれなかった。

 彼女に合わせる顔がなく、困って彷徨わせた視線の先で、俺は血だまりを見つけた。


「猫が、いない?!」


「えっ?」 


 思わずつぶやいてしまった俺に、リーリンスが反応し、急ぎ部屋隅に目を走らせて叫んだ。


「ニィーニ!!」


 たった今来たばかりの俺が、この場に猫が居たことを知っているのもおかしな話なんだが。

 そんな辻褄合わせも思い浮かばない程、俺もリーリンスも動揺した。


 だって俺はさっき、猫として斬られ、倒れ伏していたはずなんだ。


 あの怪我は、ほぼ致命傷。

 立って歩き去るほどの余力は、残っていなかった。


「ニィーニ、どこ?! 傷の手当をしないと! 出てきて、ニィーニ!!」


 リーリンスの必死な声に、注目が集まる。

 俺も即座に負傷した猫の探索を命じたが。


 公爵家の猫は見つからず、失意のリーリンスを屋敷に送って、そして。 

 

 俺は事後処理に勤しむことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る