第10話 猫になりたいかも?
公爵夫人がリーリンスを身ごもった時、妖精王は
リーリンスには彼女を護るための妖精たちが付けられ、
廃屋で見たたくさんの光の球は、妖精たちだったのだ。
ずっとリーリンスを見守ってきたが、彼女が苦しい片恋に喘いでいるのを見て、辛抱できなくなってきたところに。
恋の対象である俺が"魅了"にかかっていると気づき、介入しようと決めたのだとか。
「
"魅了"の根源は言うまでもなくフラニーで、様々な秘薬を扱う彼女は、媚薬にも精通していた。
密やかに、俺と会うたびに用いていたのだとか。
まず、"魅了"を解くためフラニーと俺を引き離し、
そして翌日に公爵邸を訪れ、リーリンスに「いつも通りに接するように」と伝えた。
外向きの仮面をかぶってないリーリンスは、それはもう、目の中に入れても痛くない程、愛らしい。"一緒に暮らせば、すぐに落ちる"と、猫兄は確信していたらしい。
かなりのシスコンだ。
さらに"兄として一肌どころか、猫肌を脱いだ"と言われた時には、あまりなセンスに毒気を抜かれた。
もう、何をどう、どこからツッコんだらいいかわからない。人外だし。
「……話は分かった。とんでもない重罪だと思うが、法の適用外である妖精がしたこと。そして救われた部分もある。二度としないなら、遺恨は差し引く。だから早く公爵邸に帰れ。猫がいなくなったせいで、リーリンスは目を腫らしてるんだから」
「なんだ」
「本当に、随分と……」
「だから、なんだ」
「いや。"魅了"が抜けたら、お前も意外に可愛げがあると思っただけだ」
猫が首を振った。
「はあ?!」
(この猫、俺が最大に譲歩して、無罪にしてやると言ったのに!)
「リーリンスにお前の正体を明かすぞ?」
「──それなんだがな。この機会に"ニィーニ"としては、リーリンスのもとを離れようと思っている」
「なっ」
「俺は長くリーリンスと
「────あ……」
(そうか、寿命として不自然じゃない年数……)
「別の姿で見守ることになるが、それは"ニィーニ"じゃない。猫は死に際を飼い主に見せたがらないから姿を消した。リーリンスにはそう説得しておいてくれ」
「…………」
「どうした?」
「リーリンスは……、自分が飼い猫を巻き込んだと思っている」
「ん?」
「"ニィーニ"が自分を案じてついて来て、その結果、重傷を負ったと、すごく責任を感じて塞ぎ込んでいるんだ。このタイミングでいなくなると、彼女は一生自分を責めるかも知れない」
「……つまり?」
「つまり、いなくなるなら、別の機会にしてはどうかと言いたい」
「お前は、それでいいのか?」
「俺?」
「俺は由緒正しい妖精猫だが、お前から見たらおそらく得体の知れない猫だろう。そんな相手を婚約相手のもとに置いておけるのかと聞いている」
(うっ)
「そ、それは」
「だろう?」
だがリーリンスの泣き顔が頭をよぎる。
あんな悲しい顔はさせたくない。
そう思っている自分に気づいて、疑問が口をついた。
「……俺はもしかして、リーリンスのことが気になってる?」
「────!! まだ
「え」
「なんてヤツだ、まだそんな段階なのか。"魅了"を使いたくなるはずだな、おい。まったく世話の焼ける──! ええい、俺をリーリンスのもとに連れていけ! 当分お前たちを見ててやる」
「えっ、え?」
「お前が"猫"を見つけて、魔術師に"治癒"させたことにしていい。点数稼がせてやるから、さっさとしろ」
「今から? もう夜も遅いのに、公爵家に失礼だろう──」
「リーリンスは夜通し泣くぞ?」
「あ、ああ」
猫兄に急かされて、公爵邸を訪問し。
喜びに破顔して、輝くリーリンスを見て。
別れ際、猫に「いいか、俺を戻したのはヴィクター、お前だからな。後悔するなよ」と、わけのわからない念を押され。
翌日、事情聴取という名目でリーリンスのもとを訪れた俺は、早速後悔した。
「この猫は、何をしているのですか」
引きつる顔の筋肉を抑えながら、リーリンスの胸元に抱かれた猫を見る。
「あ、これは"ふみふみ"といって
「自称"兄"が──、そんなことをしてもいいと思っているのか」
「え」
「コホン。いえ、独り言です。俺にも猫を抱かせてもらっても?」
耳元で凄んでやろうと手をのばすと、さっとリーリンスの腕の中から、猫が脱して地に降りた。
こちらに目も向けず、ペロペロと前脚を舐めている。
(
ふるふると握る拳が震える。
("ふみふみ"、俺は知らなかった。あんなこと一度もやってない。リーリンスの胸に触れるなんて──)
「ヴィクター殿下? どうされました?」
覗き込むように、リーリンスが尋ねてくる。
「ああいえ。猫が見つかって、良かったと思って」
俺が誤魔化せば、ぱっとリーリンスの笑顔が咲いた。
「本当に! ヴィクター殿下のおかげです」
「──あなたがそんな風に笑うことを、俺はずっと知らなかった」
猫になるまでは。
そして今こんなにも目が離せない。なんだ、これ。
「す、すみません。はしたない真似を」
「そんなことはない! とても可愛いくて、もっと笑って欲しいと……思……う。え?」
俺はいま、誰に何を言った。
一気に耳まで熱くなる。
猫をやっていた時「可愛い、可愛い」と言われ続けたせいで、つい「可愛い」という言葉が
リーリンスの頬が、春の薔薇のように柔らかに色づく。
ああ、このまま。花のようなリーリンスを見ていたい。
春も夏も秋も冬も。きっとどの季節でも、彼女は綺麗だろう。
虫がいいかも知れないけど、婚約破棄が成立しなくて良かった。
これからも。
婚約破棄なんて、絶対にしない!!
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